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カノン


~EPILOGUE Kanon~


――あの音色は僕と歩の一生の思い出だ。


 僕は娘に長い昔話を語ってしまった。一度話し始めると熱中してしまうのも、僕もさすがに年を取ってきたからだろうか。
 しかし、娘は寝ることもなく……ちゃんと聞いてくれていたというのが父親として嬉しいことだ。流石に自分の母親のことだからか真剣に聞いていた。
「というわけで、お母さんと僕の話は終わりだ」
「……凄いね、優に一時間は超えてるよ」
「えっ!」
「大丈夫だよ。さっき言った一時間弱っていうのは嘘。私、気が早くて……本当は式が始まるまであと十五分くらいあるから」
 娘は「あははっ」と声を立てながら笑った。
「驚かせるなよ……あゆむ」
「ごめんね、お父さん」
 そう、僕の娘の名前は「あゆむ」。
 日本の法律では同じ文字で違う読み方は禁止されているが、同じ読み方で違う文字というのは命名法で認められている。
 いわゆる「異口同音」というヤツかな。いや、それは違う意味だった気がするが……。ちょっと漢字も違うし。とにかく、あの後……お嬢様に歩の遺書の話しを聞き、僕はその遺書を見つけ読んでみると、『私が天国に逝ってしまったから、子供の名前は“あゆむ”にして』と書かれてあったので、僕はその通りにした。
 もちろん、僕もこの名前を気に入っている。娘の名前を呼ぶ度に、僕は歩のことを思い出すことができるから。
「ねえ、お父さん」
「なんだ?」
「私ね、今の話しを聞いて一つ思ったことがあるんだけど……」
「いい話だっただろう?」
 きっと、あゆむは僕の昔話に感激してくれているのだろう……と、父親として期待していたのだが、
「お父さんって結構モテたんだね」
「おいおい、長々と話してきた僕と歩の話の感想がそれか」
 当時の僕にとってはそんな自覚は全然なかったな。たしかに、今想えば……あの頃の僕はモテていたのかもしれないな。
「でも、だからか……ナギさんやマリアさんだけじゃなくて、ヒナギクさんや千桜さんとか色々と私のことを面倒見てくれたのは」
「そうだよ。みんな、僕と二十年以上の付き合いだからね。だけど、それはお母さんのおかげだと思っているよ」
 そうだ、歩が亡くなってから二十年が経った。
 あれから、僕はたくさんの人に支えられながらここまでやってきた。僕と歩がなす事のできなかった夢まで、あゆむは辿り着いた。母親よりも……歩よりも長生きをして、あゆむはここまで辿り着いたんだ。
「あゆむが……お母さんのような真っ直ぐな人に育ってくれて、僕は嬉しいよ。だからこそ、今こうして花嫁としてここにいるんだな」
「お母さんがどういう人かは、写真を見れば姿は分かったよ。何だか私にそっくりだった。でも、どんな性格とかそういうことは今のお父さんの話しを聞くまで分からなかったよ。話してくれてありがとうね」
「ああ。歩はお前のように結婚式まで辿り着けなかったからな。あゆむにはこうしていられることに感謝をして欲しかったんだ。もちろん、その相手は僕じゃなくていい。あゆむをここまで育ててくれた人、触れ合ってきた人全てに、だ」
「お父さん……」
「今でも思うときがある。歩は僕と……お前を作らなければ、乳がんにたとえ罹っていたとしても、死ぬことはなかったんじゃないかって……」
 そう、たとえ病気に罹っていたとしても。
 歩のお腹の中に、あゆむという命が宿っていなければ。歩は何も悩むことなく、がんの治療に専念をして、僕たちは結婚式を迎えることができて……今も僕の隣に立っていたのかもしれない。
 僕に今まで取り憑いていた後悔だった。
 でも、今……あゆむに全てを話して、娘の花嫁姿というものを見て……僕、そして歩は間違っていなかったのだと確信できる。
「でも、僕は今ならはっきり言える。僕は歩を失う後悔よりも、あゆむに出会えない後悔の方がずっと辛かったと思うよ」
「お父さん……」
「あゆむ。確かにお母さんがいなくて辛いときがあったかもしれない。でも、思い出してほしい。あゆむが何か困ったときには、いつも誰かが……手を差し伸べてくれただろう?」
「ナギさんは小さいときに私の遊び相手をいつもしてくれて、マリアさんは悩み事があったら何でも快く聞いてくれた。ヒナギクさんには勉強を教えてもらって、お父さんとお母さんとの昔話もしてくれたっけ」
 楽しい思い出を語るように、あゆむは笑顔で話していた。
「ああ、そんな風に……あゆむのことを大事に想ってくれている人たちが、周りにはたくさんいたということ。それは決して忘れないでほしい」
 そう。あの後……ムラサキノヤカタに少しの間住んでいて、その間は住人の中心にいたのがあゆむだった気がする。
 僕もベビーシッターのバイトの経験があったし、マリアさんも手慣れているようだったからそれほど苦労しなかった。でも、たくさんの人があゆむのことを可愛がってくれたことは今でも覚えている。
「分かってるよ。今日はお母さんの分まで……幸せにならなくちゃね」
「今日じゃなくて、これからもだ」
「……うん」
 あゆむは幸せそうな表情をしながら、静かに頷いた。
 娘はこれから、結婚する相手と幸せに暮らしていく。そう、今日で……僕からあゆむは巣立っていく。それは、まるであの日のように想える。
 ただ一つ違うのは、これから先いつでも会えるということだ。会えるというのはやはりいいものだ。本当に。
「これが綾崎さんの娘さんの花嫁姿ですか」
 僕は何だか懐かしい声を聞いた。
 扉の方を振り返ると……そう、二十年前にお世話になった七瀬先生が立っていた。爽やかさは健在のようで、今も老若男女問わず人気のお医者さんだ。
「七瀬先生……お久しぶりです」
「いや……何だか娘さんを見ていると、まるで西沢さんの花嫁姿みたいに見えますね。思わず、私も嬉しくなってしまいますよ」
「僕もたまにそう思いますよ。今からでも結婚を撤回できるんじゃないかって」
「ちょ、ちょっとお父さん! そんなこと言わないでよっ! ていうか、この人は誰なの? 何だかけっこうかっこいい男の人だけど」
「ああ、お母さんの担当医だった七瀬先生だよ」
「お父さんの話で凄く良い先生として登場していた人ってこの人だったんだ……」
 最初は何だか疑いの眼で見ていた目が、一瞬にして尊敬の目に変わる。ああ、七瀬先生は二十年経ってもかっこいいからな。
「いえいえ、そんなことはありませんって。それよりも、娘さんが結婚なさるとは……何だか私も嬉しいほかにありませんよ」
「七瀬……先生はお母さんを担当していたんですよね。お母さんはどんな人でしたか?」
「……そうですね。娘さんがここにいる……ということを第一に望んでいた方でした。そして、とても立派な母親であったということですね」
「そうですか……」
 七瀬先生にとっても歩は相当印象に残っているらしく、何かとインタビューを受けた記事を読んでは僕たちのことのエピソードを語っていた。
 病気と真っ向に向き合って、産まれてくる命を第一に生き抜いたと。その経験を通し、七瀬先生に注目が集まった。そこから医療界では不動の位置に就いたらしい。
「お母さんみたいな立派な母親になりたいな」
「……そうなれるといいな、あゆむ」
「うん。そう思えたのも今日、お父さんが話してくれたからだよ」
「そうか。だったら良かったよ」
「……それでは私は式場に戻りますね。予定ではあと数分ほどで始まるそうですから。では、失礼します」
 七瀬先生は軽くお辞儀をすると、控え室から出て行った。
 そして、結婚式が始まるまであと数分。
 あゆむはゆっくりと立ち上がり、僕はゆっくりと手を差し伸べた。あゆむはにこりと笑って、
「何だかこうしてもらうとお父さんと結婚するみたい」
「相手が歩だったら、そうなんだけどな」
「もしかして妬いちゃってるのかな? 私がお母さんに瓜二つだからって……」
「それもあるのかもしれないな。だけど、それはあくまでも父親としてだ。娘を嫁に出したくない父親の気持ちがやっと実感できた気がするぞ」
「あははっ、将来の笑い話として覚えておきますよ」
「親馬鹿として語り継がれるんだろうな」
 僕は苦笑いをしつつ、あゆむと一緒に控え室を出る。そして、結婚式場のスタッフの女性に誘導され、式場の大きな扉の前まで案内される。
「もうすぐだね、お父さん」
「ああ、この扉を開くとバージンロードなのか。僕にとっても初めてだから、何だか緊張するな」
「もう、しっかりしてよ」
 僕の左隣で花嫁は微笑んでいた。
 あゆむは僕の左腕に右腕を組む。さあ、これで……時間が来たら、この扉が開くんだ。
「あゆむ」
「なあに?」
「何だか不思議な気分だよ。あゆむと立っているとまるで……本当に僕が花婿のような気分になってしまう」
「……初めてだもんね。お父さんも」
 そして、会場内には……あの曲がかかった。この優しく、僕と歩の記憶を次々とわき上がらせてくれる曲。
 パッヘルベルのカノン。
 歩は言っていた。この曲をBGMにして……僕と結婚式を挙げるんだって。僕はゆっくりと目を瞑った。
 そこに見えてくるのは……花嫁姿の歩と、それを祝ってくれるお嬢様、マリアさん、ヒナギクさん、千桜さん、泉さん、アーたん……他にもたくさん。僕と歩のすることができなかった結婚式。
 歩の幸せそうな顔が僕の目の前で広がっていく。そして、



「ハヤテ君」



 その声をと共に、僕はぱっと目を開いた。
「どうかしたの? お父さん」
「いや、今……歩に僕の名前を呼ばれたような気がして。あゆむ、今……僕に何か話しかけなかったか?」
「私、何も言ってないよ」
「そうか……」
 じゃあ、今の声は何だったんだ?
 今の声も、そして……僕に対する呼び方も明らかに歩だ。僕は周りを見るが、いるのはあゆむとスタッフの女性しかいない。
「もしかしたら……」
「えっ?」
「もしかしたら、お母さんが祝いに来てくれたのかもね」
「歩が?」
「だって、今日の天気は……本当は雨だったけど、すごく晴れてるんだもん。驚いちゃったよ」
「……」
 あゆむの言うことは本当かもしれないな。
 そう、あの日……歩が亡くなって、最初に夜が明けた日も。雨だった予報が見事に外れて、僕とお嬢様は日の出を見たんだ。
 もしかしたら、その日のことも……今日のことも。どちらも歩がもたらしてくれたことかもしれない。
「お父さん、もうすぐで扉が開くよ」
「ああ、そうだな。前を向いて行こう」
 歩ではないけれど、あゆむと一緒に僕は……夢の舞台へと足を踏み出そうと思う。二十年先延ばしになった、夢の舞台に。


――天国にいる歩へ。


 今、どんな景色を見ていますか?
 今、どんな音色を聴いていますか?
 僕はたくさんの人に支えられて、二十年経って……やっと、歩に言った親としての仕事を果たすことができた気がする。
 でも、歩のしたことに比べれば僕のしたことは小さいことだ。たぶん、それはこれからも僕は親としてのするべきことがあるからだと思う。


 僕はあの時、何か一言が言えれば良かったと思ったけれど……今まで何を言えば良かったのか分からなかった。
 でも、今なら……その言葉が何なのかがはっきり言える。何を伝えたかったのかがはっきりと分かる。


――愛している、と。


 歩の好きだった『カノン』の音色に乗せて、いつか届けばいいなと僕は思う。
 それまでは空から優しく、温かく……見守っていてください。


 この日はいつまでも、温かい光が絶やされることはなかった。


『カノン』 Fin



□後書き(軽く)□


最後まで読んでいただきありがとうございました。


前作から7ヶ月ぶりのSSですが、この話を考え始めたのは1年以上前でした。
しかし、非常に長い話であったり受験などもあって今まで書けなかった話でした。

今作のテーマは「人の繋がり」。
今年は3月に東日本大震災もあり、前作に続いて「命」について考える機会を与えられました。


この作品のヒロインは歩にしかできない。
そして、他のキャラ達がハヤテと歩の二人を上手く引き立ててくれたと思います。

タイトル名でもあるように『カノン』は冠婚葬祭では欠かせない名曲です。
小説では音を届けられませんが、精一杯雰囲気を届けられるようにしました。

たくさんの音楽に触れながら書いた作品だったので、
また読む機会があれば、今度は自分の好きな曲をBGMにして読んでみてはどうでしょうか。


170枚以上にもなった今まで最大のボリュームです。
13編という組み方でお送りしましたが、どうでしたでしょうか。

個人的には13個の短編が一つの物語を作っていると感じていますが。
そこの所は皆さんにお任せしたいと思います。


次回作はいつになるか分かりませんが、また出せる日が来たらご報告します。


再びですが、最後まで読んでいただきありがとうございました!


それでは、失礼します。
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