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カノン
~SELL 9 誕生日~


――僕が恋人になってから、初めての歩の誕生日だ。


 ルカさんのコンサートがあってから一ヶ月半ほど経った。歩と家でゆっくりしたゴールデンウィークから十日ほど過ぎた。
 歩は妊娠九ヶ月目に入った。歩のお腹はますます大きくなってきて……完全に妊婦だと分かる体型になった。服の上からでもお腹の膨らみが分かる。
 定期的に行っている検査では未だに大きな変化は見られない。がんの進行は思ったよりも遅いらしい。しかし、がんの所為なのかこれから体力をつけなければならないところで、体力が少し落ちている。
 七瀬先生は入院の必要はないと行った。なので、今は体調によって高校に行く日と行かない日がある。
 僕も一緒にいたいけれど、マリアさんのご厚意もあり……それに、歩本人が学校に行って勉強してきて欲しいと言っているので、僕はお言葉に甘えてお嬢さまたちと白皇学院に通っている。
 そして、今日は五月十五日。
 歩にとって特別な日である今日も、僕は学校があってお嬢様と千桜さんと一緒に帰っている途中だった。
「今日は一緒にいなくて良かったのか? 綾崎君」
「今日くらいは一緒にいると歩に言ったのですが、普通に学校へ行ってきてほしいと言われましたので」
「そうか。まあ、変に部屋にいられるよりも普通に学校に行ってもらっていた方が西沢さんにとってもいいのかもしれないな」
「ええ、それに歩には……マリアさんがついていますから。何かあれば僕に電話がかかってくると思いますよ」
 それに、今の時期は一年の中でも過ごしやすい時期だ。花粉症でなければ。
 歩も僕たちと同じ太陽の光を浴びて、この爽やかな温もりを感じているに違いない。歩はこの季節が大好きだと言っていた。
――誕生日のある季節だから、と。
 そして、今日、五月十五日は歩の誕生日。歩は今日で十八歳になった。十八歳も意外と節目の年齢として捕らえられていることがある。
 お嬢様やヒナギクさんは去年のようにサプライズパーティでも開こうかと、数日前に僕に言ってきた。パーティをするのはいいかもしれないけど、サプライズになるかというと意外と難しい。
 何せ、ムラサキノヤカタに住んでいるから……何かしら動きがあったところで、今日という日がもちろん歩はなんという日が分かっているので、感づかれる可能性が多い。さらに、去年やったことは考えつくかもしれない。
「そういえば、どうするのだ? 歩への誕生日サプライズパーティはするのか?」
「そうですね……去年やりましたしね」
「確かに去年やってしまったから、歩に多少の免疫力がついているかもしれないな。ハヤテは何かいい案はあるか?」
「いい案、ですか」
 僕はそういう粋なことを考えるのは苦手なんだよな。去年のパーティも考えついたのは千桜さんだし。
 というよりも、今の歩のことを考えると……そこまで派手でなくても、普通にパーティができればそれで十分な気がする。僕も誕生日プレゼントは用意してあるし。
「ほぉ、なるほどな。ちなみに誕生日プレゼントは何だ?」
「何で分かったんですか、お嬢様」
「執事の考えることを主が分からないでどうするというのだ」
 そういうことを言うなら、是非お嬢様には毎日自主的に学校に行って欲しいものだ。行きたくてもなかなか行けない人だっているというのに。
「あっ、それは却下だ」
「分かっているんじゃないんですか!?」
「おいおい、言葉の綾だぞ。私は『ハヤテの考えていることが分かる』ということだけで、『ハヤテの考えていることに頷く』ってわけじゃないんだからなっ!」
「何という屁理屈な考え方ですか、お嬢様」
「屁理屈とは失礼なっ! 私は思ったことをただそのまま言っただけなのだぞ!」
「……」
 歩のことで色々とあって、お嬢様の心情にも変化が見られているかと期待していたけれど、特に変わりはなかったようだ。
 お嬢様のこの不機嫌な表情が全てを物語っているようにも感じる。
「悪かったな!」
「別に僕は悪いとは言っていませんよ。その顔だって可愛らしいですし」
「はあっ!? 何を道端で言っているのだ! 千桜もいるのだぞ!」
「私は二人の曲芸を楽しませてもらっているよ。気にしないで続けてくれ」
 と、千桜さんはこの状況に仲介する気は全く無さそうだ。特に表情は変わっていないが、言葉通り内心、楽しんでいるんだろう。
「そう言われると急にやる気がなくなってきたな」
「ああ、お嬢様はわざと言っていたんですか」
「べ、別にそんなことはないぞ! 私は自主的に学校に行くことなんて、今後もほとんどないからな!」
「胸を張って言われると逆に悲しくなりますね」
「ハヤテだって学校に行きたくない日があるだろう!」
「たまにありますけど、それは歩のことを考えてのことで……」
「ふふん、理由がどうであれそう思うことがあるのなら、ハヤテは私の仲間だな」
 お嬢様は勝ち誇った表情でそう言うが、僕はこれっぽっちも嬉しくない。
 というか、お嬢様の話で進めると大半の学生がお嬢様の仲間になるような。一度くらいは、今日は学校に行きたくないと思ったことのある学生はいるはずだ。
「人類、皆仲間っていうことだな」
「……お嬢様の考え方はある意味尊敬できます」
「ふふん、とくと胸に刻むがいいっ!」
 僕の前に立ち止まって、仁王立ちをしてくる。思わず僕も立ち止まってしまう。
 とりあえず、お嬢様がそういう考えをお持ちになっていることだけ胸に刻んでおこう。
 千桜さんはクールに「ふっ」と笑っていた。正直、千桜さんはどう思っているのか訊いた見たいところだ。
「話を戻しますが、派手にやらなくてもいいと思いますよ。料理やプレゼントを渡したりするだけで十分だと思います」
「そうかな……」
「派手にやって変に驚かせたら体調が悪くなることが……ないとは思いますが、歩は少し風邪気味ですから」
「たしかに、それならあまり派手にやらない方がいいかもしれないな」
 僕たちは再び歩き出す。
「しかし、お嬢様が歩の誕生日のことで話すとは……お嬢様も歩とすっかりと仲良くなられたんですね」
「な、何を言っているのだ! 私はだな、その……同じアパートの住人としてだな。それに、大家としてやるべきかと思っただけだ。ただそれだけなのだ!」
「そうですか。でも、歩がそれを聞いたらきっと喜んでくれると思いますよ」
 まったく、何も成長していないかと思いきや。ちゃんと成長している部分があるじゃないですか。僕も思わず微笑んでしまう。
 別にそこまで恥ずかしくしなくても良いと思うけれど……あまり素直に感情を表せないのかな。
「何を笑っているのだ!」
「いえいえ、執事としてお嬢様が成長されて嬉しいと感じているだけです」
「成長するのは当たり前だろう。成長期なんだからな」
「……十四歳ですもんね」
 ああ、なるほど。十四歳というのは思春期真っ盛りの年頃……だから、お嬢様も不機嫌になっているんだな。納得だ。
 お嬢様も十四歳の悩める少女なんだ。
「何だか年上だからって蔑んだ目で見られているような気がして、何だかイラッとくるのは気のせいだろうか」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。ね? 千桜さん」
「そこで私に振るか……? というか、私がいたのを覚えてくれていたんだな」
「当たり前じゃないですか」
「とにかく、ナギ。綾崎君はお前のことを蔑んだ目では見てないと思うが、執事として哀れな目で見ているとは思うぞ」
「それ、全然フォローになってないですって!」
「あれ? 違ったのか?」
「普通に反応しないでください! 確かにお嬢様は執事として、色々と悩める部分はありますけど……根は優しいお嬢様だと思っていますから!」
「ハ、ハヤテ……」
 よ、よし。お嬢様は怒っていないぞ。
 まったく、この場でのラスボスは千桜さんだったか……。
「なるほどな、綾崎君はそういう話術で女性を落としていくのか」
「何だか今日の千桜さんは妙に僕にSですね」
「あははっ、嘘に決まっているだろう。西沢さんという恋人がいるというのに、綾崎君がそういうことをするとは考えられないからな」
「爽やかな表情で言われると何だか逆に悲しいです」
 千桜さんは大きく息を吐いて、
「まあ、とにかく……西沢さんの誕生日のことは綾崎君に任せるよ。一応、私はプレゼントを用意しているけどな」
「プレゼントか。ハヤテは用意しているのか?」
「ええ、もう買ってありますよ」
「……アパートに帰ってから決めることにしよう」
――どんな形であれ、歩の喜ぶ誕生日にする。
 お嬢様と千桜さんのどちらにも、きっとその気持ちがあるに違いないだろう。


 ムラサキノヤカタに帰ってきた。
 僕は部屋に戻ると中は暗くなっていた。辛うじて、カーテンの隙間からの光で歩が寝ている姿が見えるという構図だ。
「ただいま、歩」
 歩の耳元で囁いてみるが、返事は寝息だけだった。何時しかの苦しそうな鳴き声ではなくて、平和で可愛らしい囀りのように思える。
 ゆっくりと寝ているなら起こしてはまずいだろうと思い、僕はゆっくりと部屋を出る。部屋の前ではお嬢様が立っていた。
「お嬢様、どうかしましたか?」
「い、いや……歩の様子が気になっただけだ」
「ああ、歩なら気持ちよさそうに寝ていましたよ。これだと、何をやってもサプライズパーティになりそうな気がしますね」
「そうか、だったら良かった」
「それでお嬢様、どうします? サプライズパーティをする予定なら色々と準備をする必要がありますが」
 歩が寝ていれば、起きてすぐに会場に連れて行って……という手も使える。しかし、お嬢様は頷くことも首を振ることもしない。
 ただ、黙って腕を組んでいる。
「どうかしましたか?」
「いや、歩にサプライズパーティを開くというのは何だか違う気がするのだ」
「違う?」
「結局の所、大切なのは歩を祝う気持ちだ。確かにその気持ちさえあれば、どんなことでも相手は喜んでくれると、去年、千桜は言ってくれた。しかし、今年は……普通に祝おうと思う」
「普通に?」
「だって、今後……もっと祝わなければならないときが来るだろう?」
 にこっと、お嬢様は笑みを浮かべる。
「お嬢様……」
「その時は盛大に祝おうじゃないか。だから、今日は……お前とマリアで少し豪華な料理を作って、それで、その……プレゼントを渡せればいいんじゃないかなって思うんだが、ど、どうかな?」
 途中から不安になったのか、お嬢様という雰囲気がどこかに吹き飛んで、普通の女の子のような気がした。年上に意見を求めるような感じだ。
「素敵だと思いますよ。だって、その案はお嬢様が歩を祝いたいという気持ちから生まれたことなのでしょう?」
「う、うん!」
「それでは、僕は頷かないわけにはいきませんね。さっそく、マリアさんにも話してきましょう」
「そうだな。ありがとう」
――ありがとう、か。
 お嬢様もいつの間にかそういうことを素直に言えるようになったのか。そう考えるとけっこう嬉しいものだ。
 僕はマリアさんにお嬢様の考えたことを伝えると、快く同意してくれた。しかも、さすがはマリアさん。歩の誕生日だと知っていたので、今日のために腕によりを掛けた料理を作るつもりだったらしく、材料は既に確保できていた。
「しかし、ナギがそういうことを思いつくとは意外でしたね」
「ええ、お嬢様もこのアパートに住み慣れてきて……千桜さんやヒナギクさんなど、多くの人と普段から接しているからでしょうか」
「そうですね。少しでも普通の方の暮らしに慣れてきていると思いますし。何よりも、西沢さんがハヤテ君と一緒に住んでいることが、ナギにとっては一番の刺激になっていると思いますよ」
「刺激、ですか」
「ふふふっ、自分の執事が恋人を作り、子供までできてしまうというのは……なかなか経験できないことじゃないですか」
 マリアさんは優しい笑みを浮かべているが……身体が震えるのは何故でしょうか。何だか内に秘めている黒いオーラがにじみ出ているというか。
「別に私は変なことは考えていませんよ」
「……どうしてお嬢様が僕の心が読めたのかが分かった気がします」
「まったく、私のことをどういう風に思っているんですか」
「いえいえ。極論ですが、僕と歩の関係をあまり快く思っていない……ってことはないですよね。マリアさん」
「……どうでしょうね、ハヤテ君」
 今の反応を見ると、少しだけ当たっているような気がしてならない。マリアさんの目が一瞬だけど泳いだ気がしたから。
 しかし、マリアさんのポーカーフェイスぶりはさすがだ。笑顔を決して絶やしていない。
「私が快く思っていないとしたら、何故だと思います?」
「……」
 分かる訳、ないじゃないですか。
「……これは僕の想像で再び極論ですが、実は僕のことが好きだったとか……そういうことはないですよね」
「少しだけ近いですが違いますね」
「へ、へえ……そうですか」
 そう言われると何だか少し切ない気分になるなぁ。まあ、僕には歩という恋人がいるんだから、切ない気分になってもいけない気がするが。
「もし、快く思わないのだとしたら、きっと……どこか遠くに離れていってしまうような気がしたから、ですかね」
「離れていってしまう?」
「私とハヤテ君は一応、執事とメイドとして一昨年の年末から一つ屋根の下で暮らしてきたじゃないですか」
「そうですね」
「時間が経つと自然とハヤテ君が家族のように感じて、西沢さんといずれは結ばれると思うと……独り立ちをする娘を送り出す父親みたいな気分になってしまうんですよ」
「……はぁ」
 ていうか、マリアさんは十八歳の女性じゃありませんでしたか?
 娘を送り出す父親って……ことごとく矛盾の多すぎる例えだ。
「とにかく、私はハヤテ君がいなくなると少し寂しいってだけですよ。べ、別にナギがいないからって言ったわけじゃありませんからね!」
 まるでお嬢様みたいな態度を取るマリアさん。マリアさんが言うと、お嬢様とは違って何とも思わないな。
「分かっていますよ。しかし、お嬢様の前では話しにくいことだとは思いますけれど。まあ、今の話はそっと胸の中に閉まっておきましょう」
「……ハヤテ君、成長しましたね」
 僕はマリアさんにそっと頭を撫でられた。何だか新鮮だ。
 その後、僕とマリアさんは歩の誕生日会のための料理を作った。途中、学校から帰ってきたヒナギクさんも加わって。
 お嬢様と千桜さんが部屋の準備をしてくれて、あとは歩が起きるのを待つだけになったのだった。


 午後七時。
 日々の疲れが溜まっていたのか、風邪薬の効き目が良かったのか。はたまた、寝るのに最適な環境なのか。歩は今も眠っている。
 しかし、このところ大分陽も長くなって、日が沈むまでには目が覚めると思っていたけれど、まさか今も寝ているとは思わなかった。まあ、夕食の時間時になってくれたから逆に良かったけれど。
 僕は電気の明かりを机の電灯だけにして、歩が起きるのをゆっくりと待っている。しかし、本当に歩の幸せそうな寝顔を見るとこちらまで幸せになってしまいそうだ。
「歩、どんな夢を見ているのかな……?」
 右手の人差し指を歩の頬に当ててみる。うん、柔らかくてほんのりとしている。
「んっ……」
 甘い寝声を歩は上げると、目元がぴくぴくと動いた。
「しまった、起こしちゃったかな……」
 僕の声に気づいてしまったのか歩はゆっくりと目を開いた。そして、机の電灯の光が眩しいのか歩は右手で両目を覆う。
「うううっ……もう朝なのかなぁ?」
「この光は机の電灯ですよ。今はまだ午後の七時を回ったところです」
「そっかぁ、でも……けっこう寝ちゃったよぉ」
「寝たいときはたくさん寝た方がいいですよ」
 僕は机の電灯を消して、部屋の電気を点ける。上半身を起こしている歩の姿が目に入った。
「でも、昼寝しちゃったから夜にハヤテ君と一緒に寝られなかったらどうしよう」
「その時は今の僕みたいにすればいいんですよ」
「頬に指を当てるみたいなことかな?」
「……分かってたんですか?」
「分かるよ。夢の中でもハヤテ君に頬に指を当てられたもん」
 これはまたタイムリーなことを歩にしたようだ。いったい、夢の中の僕はどんな状況の中で同じことをしたのだろうかと疑問に思う。
「その時は僕も起きていますよ。睡眠時間は一時間でも大丈夫ですし」
「一時間はだめだよっ! せめて三時間くらいは寝ないと!」
「あははっ、そうですか」
 まあ、三時間でも普通の大人なら十分に睡眠不足になるけれど。僕にとっては普通の長さかもしれないな。
「そうだっ、夕飯を作らなきゃ。今日は私が作る番だったよね」
 歩は律儀に自分のするべきことをこなそうと、ゆっくりと立ち上がろうとするが、僕が歩の両肩を押さえる。
「ちょっと待ってください」
「えっ? 私は大丈夫だから、ハヤテ君はゆっくりしていていいんだよ?」
「僕も夕飯の準備をしなくても大丈夫なんですよ」
「ど、どういうこと?」
「今から、歩を連れて行きたい場所があります。さあ、ゆっくりと立ち上がってください」
 僕はゆっくりと歩に右手をさしのべた。
 そして、歩は何かに感づいたようで……ゆっくりと微笑み、歩は自分の右手を僕の右手と重ねた。
「じゃあ、私をそこへ連れて行ってもらおうかな?」
「はい」
 僕はゆっくりと歩の身体を自分の方へと引き寄せ、左手で歩の背中を抱く。
 その時、ほんの少しであったけど歩の膨らんだお腹が触れる。さっきまで寝ていたのか、包み込むような優しい温かさが伝わる。
 歩の肩に手を回すような格好で、僕と歩は部屋から出て……お嬢様の部屋の前へ連れて行く。
「ねえねえ、ここってナギちゃんの部屋だよね? 何があるのかな」
「それは入ってからのお楽しみですよ」
 僕は少し大きめな声で歩に言う。
 たしかに、お嬢様の部屋から灯りが見えない。歩はきっとそれに違和感を抱いているのだろう。
 僕はインターホンも押さずにお嬢様の部屋の中に入る。
 真っ暗の中、僕と歩は一歩一歩……前に脚を進めていく。五月の中旬であっても、夜になると少し涼しい。その何とも言えない空気に歩は恐れをなしたのか、僕の腕にぎゅっとしがみついてくる。
 そして、少し広い空間に入った直後のことだった。


「歩! お誕生日おめでとう!」


 一斉に響き渡る歩へ向けた声。
 一斉に鳴り響く歩へ向けたクラッカー。
 部屋の電気が点くと、部屋の中にはお嬢様、マリアさん、ヒナギクさん、千桜さん、アーたん、朝風さんと花菱さんの代表で来た泉さんがいた。
「おめでとう、ハムスター」
「おめでとうございます。西沢さん」
「おめでとう、歩」
「おめでとう、西沢さん」
「おめでとうございますわ、西沢さん」
「おめでとう、歩ちゃん」
 一人一人、歩に向けて笑顔でお祝いの言葉をかける。もちろん、僕も歩に、
「十八歳の誕生日、おめでとうございます。歩」
 僕が歩の側にいる間、泉さんがやってきてパーティはやはりサプライズが必要という話になったので、今のように歩が起きてすぐに会場であるお嬢様の部屋まで連れてきて、みんなで祝おうということになった。
 そして、今日の主役である歩は……目を見開いて、僕たちのことをずっとまるで凝視しているかのようだった。
 歩の口がゆっくりと開く。
「何だか、何がどうなってるのかよく分からないけど……みんな、どうもありがとう。私、凄く嬉しいよ……」
 目からは大粒の涙がこぼれだした。歩は僕の胸に顔を埋めてしまう。
「へえ、聞いたとおりハヤ太君と歩ちゃんってラブラブなんだね」
「泉さん……照れますって」
「にははっ、二人を見ていると凄く幸せになった気分になるよ。そうだねぇ、まるで私がハヤ太君の胸の中にいるみたいな感じかなぁ」
 何を恥ずかしそうに言っているんだ、この人は。恥ずかしいなら別に言わなくてもいいと思うんですが。
「ハムスター。今年もお前のためにパーティを開いてやった。そ、その……楽しんでくれなきゃ許さないんだからなっ!」
「う、うん……もう十分楽しんだよ」
「な、なんだと!」
「でもね、まだテーブルにある美味しそうな料理も食べてないし、もっと楽しんでもいいのかな?」
「あ、当たり前だろう! まあ、料理はハヤテとマリアとヒナギクが作ったんだけどな」
 お嬢様は再び千桜さんと部屋のセッティングをしていたからな。
 そして、僕と歩はお嬢様の案内通りにテーブルの周りに座る。僕から右回りで、歩、ヒナギクさん、千桜さん、泉さん、アーたん、マリアさん、お嬢様の順番。僕の誕生日の時とほとんど同じ感じだ。
 さて、席に着いたところでさっそく食事でも始めようかと思いきや、
「ハヤテ、何を料理に手を伸ばそうとしているのだ」
「いや、歩が食べたそうにしているので」
「それよりも前にするべき大切なことがあるではないか」
「……失礼ですが何ですか?」
「お前、自分の誕生日を忘れてしまったというのか! あの時のことを思い出すのだ!」
「え、えっと……」
 いや、去年の僕の誕生日は歩の妊娠を知ったことの衝撃が未だに鮮明に覚えているから、パーティのことは少し霞んでいるんだよな。
「ええい! 歩のために歌うぞ! せーのっ!」


 Happy Birthday to you
Happy Birthday to you
Happy Birthday dear Ayumu…
Happy Birthday to you


 お嬢さまたちが歌う中で、僕の記憶も蘇った。確かに、僕にも今のように……ここにいる人全員が歌ってくれた。
 案の定、歩は再び涙をこぼし始めた。
「もう、私、こんなにいいことしてもらっていいのかな?」
「……まだまだ終わらないぞ、ハムスター。これからは歩にプレゼントを渡すのだ!」
「えっ……?」
 僕の時もそうだった。
 歌が終わった後、誕生日の主役はみんなからプレゼントが渡される。
「ハムスター、誕生日おめでとう。それで、その……歩にはこれをやる」
「これって、小包だけど……開けてもいいかな?」
「ああ、開けていいぞ」
 歩は期待を膨らませながら小包を開けると、そこには少し高めの上質な時計が一つ入っていた。
「へえ、ナギちゃんにしてはまともな物をくれるんだね」
「別に良いではないか! 去年のハヤテの誕生日には約束を忘れてて渡せなかったんだ。バイトで貯めたお金で歩に渡そうと思って」
「今、ナギちゃんが大物に見えるよ」
「私を馬鹿にしているのかっ!?」
「違うよ。本当にそうだよ。さすがは三千院家のお嬢様だね」
「……あ、あのな。この時計……色違いのヤツがあったから、半年後のハヤテの誕生日にそれを買ってやる。それで、お前ら……ペアの時計になっていいと思ったから、その時計にしたんだ」
「お嬢様、それは本当ですか?」
「あ、当たり前だろうが! 約束しただろう、次の誕生日には時計をプレゼントすると!」
 確かにその約束は覚えている。だけど、それが歩のペアの時計になるとは……さすがは三千院家のお嬢様だと僕も思った。
「ありがとうございます、お嬢様」
「そ、そんなに顔を近づけるな!」
「すみません」
 まったく、お嬢様は……僕が何かするとでも思っているのかな。
「私からは後でケーキをお出ししますね」
「ありがとうございます! マリアさん!」
「ふふふっ、午前中に作っていたんですよ。夜にでも皆さんと一緒に頂こうかと思って。まあ、ハヤテ君の誕生日のようにパーティを開くとは思いませんでしたが」
「楽しみにしてますね」
 プレゼントが手作りケーキというのも、何だかマリアさんらしいと言えばマリアさんらしいな。
 そして、次はヒナギクさんとアーたん。
 どうやら、歩には食べ物が一番だと考えたらしく……二人で一緒にクッキーを作ったらしい。そういえば、僕の誕生日の時もクッキーだった。
 歩はそれにも大満足のようだった。ああ、美味しそうにクッキーを一枚食べる姿を見ると癒される。
「じゃあ、次は私の番だね。ハヤ太君」
「そ、そうですね。渡す相手は歩ですが」
「にははっ~。今日はね、美希ちゃんと理沙ちんの分まで誕生日プレゼントを持ってきたんだよ」
「へえ、何かな?」
 何だか三人のことだから、少し変な物を持ってきそうな気がするが。
 瀬川さんがその絶やすことのない笑顔で歩に渡した物は……やっぱり、変な物だった。
「ほ、ほ乳瓶と粉ミルク……」
「将来生まれてくるハヤ太君と歩ちゃんの子供に使ってほしいな。ちなみに、その粉ミルクは私たちが取り寄せた物だから」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
「一度、そのほ乳瓶で赤ちゃんにミルクをあげる姿を見せてね!」
「う、うん。頑張ってみる」
「きっと二人の子供は可愛いんだろうなぁ、楽しみだなぁ。ねえねえ、赤ちゃんってどうやってできるんだっけ? ヒナちゃん」
「そ、それを私に訊くの!? 家に帰ったら教科書で探しなさい!」
「え~っ? ヒナちゃんも分からないことなの~?」
「普通は歩に訊くことでしょ! 第一にこういう場でそういうことは訊かないの!」
 ヒナギクさんは終始赤面で泉さんに言っていた。
 それを見ていた歩は苦笑い。まあ、それしかできないよな。
 正確に言うと泉さんの渡したものは歩へのプレゼントでもないし、しかも先走りすぎだ。まあ、泉さんたちらしいと言えばらしいが。
 しかし、この粉ミルク……けっこう高級そうな銘柄だ。これを最初に飲ませると、我が子はかなりグルメになりそうだな。
 そして、次は千桜さんの番。
「西沢さん、誕生日おめでとう。私からはルカの出した新しいCDだ。あと、ルカからメッセージカード」
「うわあっ! ありがとう!」
 心なしか、今が一番、歩のリアクションが良かった気がする。
 千桜さんからのプレゼントはルカさんのニューシングル。この前、歩のために歌ってくれたあの曲が収録されているらしい。
 そして、ルカさんからのメッセージカード。薄い水色のカードに可愛らしい文字で、

『Dear Ayumu.

 十八歳のお誕生日おめでとう。
 今日も仕事で忙しいから、メッセージカードでお祝いするわ。
 あなたの誕生日が五月十五日だって聞いて、それに間に合うようにシングルを完成させたわ。後でゆっくりと聴いてみてね。ハヤテ君と一緒に聴くといいかも。
 子供のこともあるし、病気のこともあるし。色々と大変だと思うけど、私も会える時間ができればできるだけ会いに行きたいと思うわ。
 西沢さんもそれらに負けず頑張って。この歌が少しでも元気になれればいいな。

 とにかく、西沢さん。誕生日おめでとう。
 あなたとハヤテ君と未来のお子さんとの三人で会える日を願って。

 Ruka Suirenji』

 千桜さんがゆっくりと読み上げると、西沢さんは大粒の涙をこぼしていた。
 ルカさんのCDとメッセージカードを千桜さんは歩に渡す。歩は大事そうに両手で握りしめる。
 プレゼントって物も良いかもしれないけれど、こういう言葉で祝うっていうのも意外と嬉しいものだ。CDに併せてメッセージを書くところがアイドルだからこそできることであって、粋である。
 ルカさんのメッセージには歩だけではなく、他の人にも印象が良かったらしい。ヒナギクさんなんて目を潤ませているぞ。
「さあ、皆さんからの誕生日プレゼントは歩に渡りましたし、そろそろ料理でも食べましょうか」
 と、僕が言うとその場にいる全員が僕に不思議そうな表情をしている。いや、僕の方が不思議でしょうがないんですけど。
「……おい、それは正気で言っているのか?」
「えっ?」
「お前から歩にプレゼントを渡していないだろう!」
「……」
 すっかりと僕が進行役のようになっていたので、プレゼントはもちろん用意してあるけど、渡すことは忘れてしまっていた。しかし、そんなことは言えるわけもなく、
「忘れているわけないじゃないですか」
「だったら、どうして額に汗がにじみ出ているのだ?」
「ただ大勢でこの部屋にいるので、少し暑いって感じただけですよ。まったく、僕が忘れていると思ってたんですか?」
「おまえならやりかねないからな」
――ご名答です、お嬢様。
 だからこそ、僕は額に汗をにじませているのである。
 気を取り直して、僕の番だ。僕は執事服のポケットにある物を忍ばせていた。
 皆さんの視線が僕の方に集まる。ここまで注目されると出しにくいけれど、僕はそんな空気にも負けずにゆっくりと小さな箱を出した。
「歩、誕生日おめでとう」
「……これって何、かな?」
「開けてみてください」
 小さな黒い箱。
 歩がゆっくりとその箱を開けると、
「こ、これ……」
 歩が驚くのも無理はない。
 そう、箱の中には銀色に輝く指輪が入っていたから。僕の歩へのプレゼントは銀色のシンプルなデザインの指輪だ。
「ハヤテ、お前……指輪をプレゼントするとはな」
 何だか皆さんの視線が……「お前もこんなことができるようになったんだな!」と言わんばかりの、少し賞賛されているような感じだった。
 それが分かってしまった僕は今、嬉しいという気持ちよりも何故か悲しい気持ちの方が少しだけ勝ってしまった。
 話を戻して、歩は終始驚いている。
「これって、もしかして……?」
「一応、婚約指輪ではありません。それは、将来にとっておこうかなと思いまして。去年、歩が銀色のネックレスをプレゼントしてくれたじゃないですか。なので、そのお返しも兼ねてですけど」
「そうなんだ……」
「今から歩の指にはめてあげますね」
「ふえっ!?」
 歩は可愛く悲鳴を上げると、その後は狼狽。
 僕は指輪を持ち、歩の右手の薬指に……ゆっくりとはめる。歩の寝ている間に量ったおかげか、ピッタリとはまった。
「歩、今回は右手の薬指ですけど……今度は左手の薬指にはめる指輪を買いましょう。その時は僕とお揃いのもので」
「うん!」
 歩はすごく嬉しそうだった。いや、幸せそうだった。
 歩は思わず僕に抱きついてくる。
「ハヤテ君……凄く嬉しいよ。この指輪、一生大切にするね」
「それなら良かったです」
「一瞬、結婚指輪かと思ってドキドキしちゃったよ。まあ、そうじゃなくてちょっと残念だったけどさ」
「えっ?」
「でもね、ハヤテ君との楽しみが増えて良かった。結婚指輪を買うときは絶対に一緒だからね」
「分かりました」
 こんな会話をできたのはいいけれど。
――じ~っ。
 皆さんの視線があるせいか、妙に恥ずかしい。特にお嬢様とヒナギクさんの視線が何だか鋭いような気がする。
 そんな中で、わりかし冷静なアーたんの口が開く。
「それでは、その約束を守るための誓いの口づけでもしてもらいましょうか?」
 その言葉には言った本人以外の顔が赤くなる。もちろん、僕も。
「こ、子供が何を言っているのだっ!?」
「そ、そうよ! アリスちゃん、そういうのはね大人になってから……」
「ここに大人なんていませんわ」
 その言葉に全員が黙ってしまった。
 確かに、ここに大人はいないけれど……アーたんは僕とキスをしたことがあるから、こういうことを平気で言えるのか?
「さあ、ここの皆さんが証人ですわ。では、誓いの口づけを」
 そういえば、歩とキスなんてあまりしていないような。
 もう空気自体がする方向へと誘っているので、あとは歩次第。歩の方を見ると……既に目を閉じて待っている状況だ。
「ハヤテ君。ほらっ、早くして」
――ああ、可愛いな。
 僕はそう思いつつ、歩の肩に手を回しゆっくりと目を閉じて唇を……数秒、歩の唇に軽く触れた。
 ああ、何だか恥ずかしくてたまらない。
「はい、二人とも約束は守ってくださいな」
「分かりました」
 歩は返事できそうにないので、僕が代わりに返事をしておいた。やはり、皆さんの中で唯一、アーたんだけが顔色一つ変えずに冷静だった。
「まったく、あの時以来……二回目なのだ」
「お嬢様……」
「ここまでの関係に発展するとはな。去年の夏だったか。その時には考えられなかったことだな」
「僕もそう思います。歩もそう思いますよね?」
 未だに僕の腕の中にいる歩は、「はあっ、はあっ」と甘い声を立てながら少し粗めの呼吸をしていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だけどね……私、ハヤテ君のことね」
「僕のこと……ですか?」
「うん」
 微かに笑う歩の頬を触ると凄く熱くなっていた。きっと、今のキスで興奮しているからだろう。触れていなくてもその熱が伝わる。
 歩の口がゆっくりと開く。


「ハヤテ君に、もっと惚れちゃったぜ~」


 すると、僕が声を上げる前に歩からの熱い口づけがお見舞いされる。歩の舌が僕の口の中で絡みついてくる。
 しかも、くちゅくちゅと音まで立ててくる。こんな口づけを他人様の前でするとは……歩の気持ちは相当、僕への気持ちで高ぶっているようだ。
 最終的には僕は歩に押し倒されたような感じになってしまい、二、三分間ぐらいずっとキスをされたままだった。おかげで意識が少しだけ朦朧として、冷静な判断ができなくなってきていた。
「まったく、歩には敵わないな」
「……先に料理でも食べましょう。歩とハヤテ君の分は残しておくわ」
「そうだ、記念に写真でも撮っておくか」
 皆さんは止める気が全くないな。好きなだけやってなさいというような感じで。
 その後、二時間くらい歩の誕生日会は続いた。僕とマリアさんとヒナギクさんが作った料理は大絶賛で、マリアさんの作ったケーキも案の定、店で売っているような美味しいものだった。
 歩にとって、十八歳の誕生日は特別な日になったに違いない。誰もがそう思う初夏の夜だった。


――誰かが側にいるだけで笑顔になれる。この日を振り返ると僕はそう思う。



vol.11に続く。長い物語を経てついに終盤に突入。
六月。梅雨入りを間近に控えた日に突然、陣痛が歩に襲いかかる。
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