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カノン
~SELL 5 転調~


――それは突然だった。クリスマス手前のある日のことだ。


「今日も寒いですね、お嬢様」
「そうだな。まったく、何で答案返却だけなのに学校に行かなければならないのだ」
「まあ、いいじゃないですか。瀬川さん達にも会えたわけですし」
 今日は二学期の答案返却日だった。
 もちろん、結果はヒナギクさんが全教科満点で学年一位。お嬢様が僅差で学年二位の点数を取った。千桜さんも上位に入るなど、同じアパートに住んでいる面子は皆、優秀な成績を収めていた。
 瀬川さん達は死に物狂いで頑張ったのか、赤点が一つ二つだったらしい。
 そして、僕は……可も不可もなく。赤点の教科は一つもなく、平均で七割くらいの成績だったのでとりあえずは良かったな。
「しかし、ヒナギクに負けるとは……うむむ」
「まあ、別に良いじゃない。ナギだって十分に良い点数取れてたから」
「……単にヒナギクに負けたことが悔しい」
 今はムラサキノヤカタへの帰り道だった。
 僕はお嬢様とヒナギクさん、千桜さんと一緒に帰っていた。今日は生徒会の仕事もないらしく、一緒に帰って昼食でも食べようということになった。
 もちろん、それは待っていてくれている歩も混じって。
「まあ、ナギがゲームをしている間に私は勉強していたから……その差がちょっと出たのかしら?」
「む、むぅ……」
「ヒナの言うとおりだな。まあ、そのゲームは私も一緒にやっていたけど」
「だって、狩り始めたら止まらなくなったんだ! あの爽快感はやってみないと分からないよな、千桜!」
「まあ、それに一理あるが……」
 私は勉強もちゃんとやったぞ、と千桜さんは付け加えた。
 と言っても、この三人は僕よりも点数がいいんだよな。僕も仕事の合間などに勉強したけれど、この三人には及ばなかった。
 それだけ、この三人は元々の頭がいいってことだ。
「よし、こうなったらヒナギク! 帰ったらゲームで勝負だ!」
「えっ、私、ゲームなんてあんまりやったことないし……」
「でも、ヒナなら意外と勝っちゃうんじゃないか?」
 千桜さんは笑いながら、冗談じみたこと言っている。
 でも、千桜さんの言うとおり……ヒナギクさんならゲーマーのお嬢様にも勝ってしまいそうな気がする。
「そんなことないわよ」
 と、ヒナギクさんはお嬢様のことを考えてか否定する。
 しかし、お嬢様の不機嫌さは上がる一途を辿り……もうすぐ爆発するかという所で、ムラサキノヤカタに帰ってきた。
 玄関先ではマリアさんがほうきで落ち葉を掃いていた。
「あら、お帰りなさい。皆さん」
「ただいま、マリア」
「ナギが不機嫌ですけど……未だに学校に行ったことに不服だったのでしょうか?」
「いえ、それもありますけど……」
 今、再びヒナギクさんに負けたことを言ったところでナギお嬢様の気に障るだけだし、マリアさんなら察してくれるだろう。
「……なるほど。ヒナギクさんは努力家ですから」
「何で分かったんですか!?」
「ふふふっ、ナギが不機嫌な理由を考えればすぐに分かることですよ。伊達に三千院ナギのメイドをやってませんよ?」
「お、恐れ入ります」
 まあ、僕とマリアさんだとお嬢様との付き合いなんて比べものにならないくらいにマリアさんの方が長いから。お嬢様のことは分かるんだろう。
「別に怒ってないぞ。ただ、昼ご飯を食った後には……ヒナギク! 絶対に私と対戦してもらうからな!」
「……まあ、いいけれど。そう言われると、私も本気でいかなきゃいけなくなるわね」
 さすがはヒナギクさんだな。普段あまりしないゲームのことでここまで凛々しくお嬢様の挑戦を受けるとは。
 それに、何故かお嬢様は今の一言に少し脚が震えている。身体は正直なんだろう、これならヒナギクさんが勝つかもしれないな。
「まあ、ヒナギクさんも手加減してあげてくださいね」
「何で私が負ける体で話が進んでいるのだ!」
「……たぶん、ヒナギクさんは最初のワンプレーかツープレーこそはナギに負けると思いますが、慣れ始めたらきっと負けると思いますよ?」
「何故そのようなことを言う! まだ分からないではないか!」
「そう言っていますけど……ハヤテ君はどう思いますか?」
「えっ!? そこで僕に振るんですか!?」
 い、いきなり言われても……正直、マリアさんの説明通りになりそうなのが僕の素直な感想なんだけれど。ここはお嬢様のために「いえ、お嬢様が絶対に勝ちます!」というべきなのか……。
「って、何故そこで悩む!」
「だって、マリアさんの言うことにも一理ありますから……」
「私も同意見だ、綾崎君」
 良かった、千桜さんも同じことを思っていてくれた。
「ま、まあいいだろう。ここまで私とヒナギクが五分五分というならば……私はそれを払拭する義務がある!」
「いえ、五分五分なんて誰も言っていませんし」
「ふふふっ、このアウェーな感じが私の闘志を燃やしてくれるっ! ヒナギク、覚悟しておけよ!」
「……う、うん」
 ヒナギクさんはお嬢様のその圧倒的な闘志に、力なく答えるのだった。
 しかし、不機嫌な気分が取り除かれたようで良かった。まあ、その代わり……ヒナギクさんと本気で戦う決心をしてしまったけど。
「あの、マリアさん」
「なんですか? ヒナギクさん」
「……みんなでお昼ご飯を食べようってことにしたんですけど、マリアさんもどうですか?」
 昼ご飯の件は学校で決めたことなので、マリアさんにはまだ伝えていなかった。ヒナギクさんがそう言うと、マリアさんは優しく微笑み、
「あら、いいですわね。それなら、私が作りましょう」
「ありがとうございます。私も手伝います」
「それなら、僕も……」
 手伝います、と言おうとしたけれどヒナギクさんが僕に指さして、
「ハヤテ君は歩の側にいてあげなさい」
「で、でも……」
「これは、生徒会長権限での命令よ。きっと、歩は寂しがっていると思うわ」
「……分かりました」
「うん。じゃあ、そうと決めたら早く行きなさい!」
 僕の背中をぽん、と押した。
 確かに、ヒナギクさんの言うとおり……このアパートにいるならできるだけ歩の側にいるのが一番いいとは思うけど。
 まあ、ここはヒナギクさんのご厚意に甘えてもいいのかもしれないな。
「ありがとうございます、ヒナギクさん。お昼ご飯、楽しみにしていますよ」
「う、うん。頑張るね」
 僕はヒナギクさんに小さく手を振って、アパートの中に入る。真っ先に僕と歩の部屋に向かい、部屋の中に入る。
 すると、部屋の電気は点いていたけど……目にした光景は、


「歩! 大丈夫ですかっ!」


 敷き布団の上に私服のまま倒れていた歩がそこにはいた。
 僕は歩の身体を抱き上げると、呼吸はしていて……頬を触ると、普段よりも何だか熱く思えた。
「はあっ、はあっ……」
「歩!」
「ハヤテ君……お、おかえりなさい……」
「何だか熱を持っているみたいだけれど、体調は大丈夫なんですか!」
 歩の頬は赤くなっていた。とろんとした目つきで僕のことを見て……歩は必死に笑顔を作っているように見えた。
「大丈夫だよ。ちょっと疲れが出ただけ……かな」
 と言って、歩は立ち上がろうとするが……すぐによろける。僕は歩が倒れないように、両手でしっかりと抱きしめる。
「大丈夫じゃないですって、これじゃ……」
「あははっ、ハヤテ君に抱き留められるなんて……私、凄く幸せだな」
「歩、病院に行きましょう。今日は平日ですし、今の時間なら診察はしているはずなので」
「大丈夫だって……」
「大丈夫じゃないです!」
 僕は初めて、歩に声を荒げた気がする。それにはさすがの歩も……驚いたのか、目をぱっちりと開かせていた。
「歩だけならまだしも、歩のお腹の中には赤ちゃんがいるんですよ! 病院に行って、薬をもらいましょう。僕がずっと側にいますから」
「……」
「きっと、寒くて体力が奪われてしまったんですよ。とりあえず、お嬢様たちに話してきますから布団の中で温かくしていましょう」
「う、うん……ごめんね」
「何を言っているんですか。困ったときはお互い様ですよ」
 僕は既に開いていた押し入れから掛け布団を持ってきて、歩の上にゆっくりとかける。暑いのか歩の呼吸の一つ一つが大きかった。
 僕はお嬢様たちにこのことを伝えるために、その場を離れようとした。が、
「ハ、ハヤテ君……」
「なんですか?」
「何だか、胸がおかしいの。気のせいだとは思うんだけど……」
「胸が?」
「ご、ごめんね。変なこと言っちゃって……」
「いいですよ。覚えておきます」
 胸がおかしいってどういうことだろう?
 体が熱いから……心臓の動きが速かったりするのかな?
 僕は若干の疑問を抱きつつも、お嬢様たちの所に向かい今のことについて全て話した。皆、驚いて僕らの部屋に集まる。
 お嬢様の薦めにより、僕と歩とヒナギクさんは白皇病院に向かうのであった。


 午後二時、白皇病院。
 その名の通り、白皇学院の系列病院で白皇学院に通う生徒、および家族や関係者ならば特別料金で利用できる総合病院だ。
 歩は内科の診察を受けている。平日の昼過ぎだったので、思ったよりも早く診察を受けることができている。
「はい、では聴診器を当てますね。セーターを上げてください」
 黒い長髪の世間で言うイケメンなお医者さんが、歩に聴診器を当てていた。歩は女性の看護師にセーターを上げられていた。
「はい、いいですよ。次は背中ですね」
 歩は僕の方を向いた。もちろん、セーターが上げられたままで。
「ハ、ハヤテ君。そんなにまじまじと見られると恥ずかしいかな」
「ご、ごめんなさい」
 僕は診察室の扉の方を向いた。すぐ側にはヒナギクさんが立っていて、くすっと笑われた。ああ、何だか恥ずかしい。
「はい、いいですよ。次は喉の様子を見るので、こちらを向いて口を少し大きく開けてください」
「はい」
 僕は再び歩の方を向くと、歩は口を大きく開けていた。お医者さんはペンライトで歩の口の中を見ているんだろう。
「少し赤いですね。咳が出ているとかそういうことはありますか?」
「は、はい。今は少し落ち着いていますが、午前中は……」
「そうですか。多分、その所為で喉が少し赤いんですね。分かりました」
 すると、お医者さんはカルテに書いていく。多分、今の歩の病状を書いているのだろう。
 僕はお医者さんの名札をまじまじと見る。名前は……『七瀬 潤』さんか。爽やかな顔を象徴したような名前だ。
「あっ、名前を言っていませんでしたね。私は七瀬潤(ななせじゅん)です」
「七瀬先生……ですか」
「はい。そちらの赤い髪の女性は知っていますよ。桂ヒナギクさんですね」
「えっ? なんで私のことを……?」
「ここの病院がどのような病院なのかお忘れですか? ここは白皇病院。白皇学院のことについては毎日聞かされていますから」
「そ、そうですか……」
 あまりに爽やかな対応に、さすがのヒナギクさんも見とれている。
 七瀬先生はカルテを見ると、
「そうですね。熱も三十八度五分で、咳も出ている……これは単なる風邪ですね。しかし、今の時期は寒いですし、いつ感染症に罹ってもおかしくないです。熱がある程度引くまでは入院してもらうことを私としては勧めますが、いかがでしょう?」
「入院ですか……?」
「そうですよ、西沢さん」
 そして、赤い顔をしながら僕の方に振り返る。僕のことを気遣っているのだろうか。歩の口から出される言葉は容易に想像できる。
 しかし、僕はそれを言わせないために、
「歩、ここは先生の言うことを聞いて入院しましょう」
「で、でも……ハヤテ君はどうするの?」
「大丈夫ですって。まだ、同棲して十日間くらいしか経っていませんし……僕なら大丈夫ですよ。あの部屋よりも、病室の方が環境にもいいですし」
「う、うん……ハヤテ君がそう言うなら、いいかな……」
「それがいいですよ。ヒナギクさんもそう思いますよね」
 ヒナギクさんはゆっくりと頷いた。
「歩。赤ちゃんのためにも、休むときはゆっくり休んでいいのよ」
「……うん、分かったよ。ヒナさん」
「ちょっと待ってください」
 七瀬先生は再度カルテを見ると、次は歩の顔を見て……そして、またカルテを見る。
「西沢さんはまだ十七歳ですよね? 赤ちゃんというのは……?」
「赤ちゃん……。隣に立っているハヤテ君との間の子供なんです。今、妊娠四ヶ月目に入ったところです」
「そうですか……おめでとうございます」
 先生は一礼する。爽やかな人だなぁ。
「そうですね。それなら桂さんの言うとおり……入院を勧めますね。私個人としても」
「大丈夫ですよ、先生。入院することに決まりましたから」
「分かりました。では、もういいですよ」
 先生が優しく言うと、僕は歩に肩を貸して……ゆっくりと立ち上がる。診察室を出ようとしたとき、歩のあの言葉を思い出した。
「ヒナギクさん、ちょっと歩と一緒に外で待っていてくれませんか?」
「え、ええ……いいけど」
 ヒナギクさんが歩に肩を貸すと、二人はゆっくりと出て行った。僕は扉を閉めて、七瀬先生の方を向いた。
「どうかしましたか? ええと……」
「綾崎です」
「綾崎さん。とりあえず、座ってください」
 僕は先生の案内通りにさっき歩が座っていたいすに座る。まだ、歩の温もりが残っていた。
「何か私に話したいことでも?」
「ええ、実は歩のことで……一つ、気になることが」
「気になること?」
「ここの病院に行くと決めた直後に家で歩が言ったことなんですが、胸に違和感があるらしくて」
「違和感……ですか」
「あっ、いや……本人が気のせいかもしれないと言っていたんですけど、どうしても僕には頭に残っていて」
「なるほど。ということは、綾崎さんとしてはその“違和感”ということについて診察してもらいたいというわけですか」
「すみません、僕の我が儘を聞いてしまうような感じで」
 それでも、僕は……歩のあの言葉を聞き逃すことができなかった。きっと、歩は熱でうなされている中であの言葉を言ったんだ。だとすると、僕は……それが気のせいだとは到底思うことはできない。
 七瀬先生は爽やかな笑顔を浮かべる。
「分かりました。では、精密検査をしてみましょう」
「精密検査ですか?」
「ただし、熱が下がってからですが。血液検査やレントゲンなど……熱の下がり具合によりますが、場合によっては年を越してしまうかもしれません」
「そうですか……」
 しかし、歩の身体のことを考えればそれもやむを得ないか。
「でも、大丈夫ですよ。西沢さんには個室を用意しますし、私や看護師に言ってくれれば泊まることもできますから」
「そうですか、ありがとうございます」
「羨ましいですよ、愛する人がずっと側にいるということは」
「……失礼ですが、先生には?」
 本当に失礼なことを僕は訊いていると思う。
 しかし、七瀬先生は優しい人だ。その爽やかな笑みを絶やすことはなかった。
「お恥ずかしいですが、人生で告白した経験はたった一度です。しかも、一目惚れをして少し経った時に」
「それで……結果は?」
「あなたのことはよく分からないし、付き合うことなんてできないと。しかし、少し経ってその人と付き合い始めました。一応、結婚もしています」
「良かったですね。まあ、七瀬先生は……かっこいいですからね」
「あははっ、男の方に言われるのは初めてだなぁ」
――どきっ。
 不覚にもその言葉にそうなってしまったことは、ここだけの秘密にしておこう。きっと、男性にも女性にも人気があるんだろう。優しそうだからなぁ。
「今は私もこうして医者として働いていますし、彼女と一緒にいられる時間は大学時代よりも減ってしまいました。でも、少ないからこそ感じられるんですよ。彼女のことを愛しているんだなって」
「……素敵な話ですね」
「離れてみないと分からないこともあるということです。とにかく、綾崎さん。何か訊きたいことがありましたら、こちらの方に電話を下さい」
 すると、七瀬先生は引き出しから名刺を取り出し僕に渡した。
「分かりました、ありがとうございます」
「それでは、看護師が一名、西沢さんの方に向かいますので、その方の指示に従って入院の手続きを行ってください」
「はい。ありがとうございました」
 どうやら、僕らは良い先生に当たったらしいな。あの先生なら信頼できる。僕は診察を後にしたのだった。


 そして、歩の熱は思ったよりも長く続いた。
 入院生活は先生の言うとおり……精密検査のこともあってか、クリスマス、大晦日、そして正月明けまで続いた。
 でも、僕やお嬢様、マリアさん、ヒナギクさん、千桜さん、アーたんのムラサキノヤカタの住人は毎日誰かが病院に面会しに行った。歩はとても喜んでいて、僕はとても嬉しかった。家にいるときと変わらないくらいに楽しんでいるようで。


 そして、精密検査の結果が出たと言うことで、僕はヒナギクさんと一緒に白皇病院に行くのであった。
 まさか、あんなことを言われるとは知らずに……。


――歩の感じた違和感。それは、違和感ではなかったということだ。



vol.7に続く。その違和感の正体とは。
七瀬潤から告げられることは、ハヤテとヒナギクに重くのしかかることになる。
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