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カノン

~SELL 4 同棲~


――ほんの少しとも言えるような間の平和な日々。


 十二月中旬。
 歩の二学期の期末試験が終わり、そして、僕も二学期の期末試験が終わったのでついに僕と歩は同棲をすることになった。
 さすがに屋根裏部屋というのはどうかと思い、お嬢様の粋な計らいでアパート一階のとある一室を格安な価格で借りることになった。まあ、家賃は僕の毎月の給料から天引きという形になるけど。
 歩も僕と一緒に住めることになるのが、非常に嬉しそうで……。引っ越してきた日から、同じ布団で寝たりした。冬なので、この位に熱い方がちょうどいいのかもしれない。と、思える幸せを僕と歩は感じていた。
 今日も、僕も歩も学校はなく午前中から部屋の中で過ごしていた。
「今日も寒いね、ハヤテ君」
「そうですね。今日は晴れませんし、真冬日になるらしいですから……身体をとにかく冷えさせない方がいいですね」
 テーブルの下に毛布を入れ、僕と歩はそれを脚に掛けて隣同士で座りながらゆっくりしている。
「まあ、それは大丈夫だよ。部屋の中にいれば寒くなることはないだろうし」
「しかし、時々は空気の入れ換えも必要ですよ」
「……まあ、そうなったらさ」
 歩は「えへへっ」と笑いながら、僕の左肩に寄りかかってきて体重を掛けてきた。ああ、何だか二人分だと思うとやけに重く感じる。
「こうやってハヤテ君とくっつけばいい話だもん」
「まったく、歩は……」
「ああん、あったかいよお~」
 と、何故か歩は喘いでいる。しかし、耳元で囁いているのか何だか可愛い。
「お腹の赤ちゃんはあったかいのかな?」
「歩の中にいるんですから……きっと温かいと思いますよ。今ごろ、気持ちよく寝ているんじゃないんですか?」
「あははっ、だったらいいね。うん、何だか眠くなってきちゃったよ」
「そういう時は寝た方が良いと思いますよ。布団でも敷きましょうか?」
「うん。でも、もうちょっとこのままでいさせて」
「……甘えん坊ですね、意外と」
 歩は妊娠四ヶ月目に入った。
 期末試験の直前まではつわりが酷くて、試験勉強以前の問題だったけれど……歩の驚異的な精神力で何とか期末試験は無事に乗り切った。早くも「母強し」と言えるような一面を見せた。
 妊娠四ヶ月目は一般的には「安定期」に突入する時期であり、つわりも軽くなるらしい。そして、食欲も旺盛になるとのこと。まあ、冬はこれからで寒さも厳しくなる一途を辿るので、体力をつけさせるという意味でも適度に食べさせた方がいいかもしれない。
「歩、今、何か食べたいですか?」
「ううん、大丈夫だよ。昼ご飯食べて一時間も経ってないし」
「そうですか」
 今の時間は午後二時手前。
 まあ、むやみに食べることも良くない。急激な体重増加は身体に悪いらしい。バランス良く栄養を取ることが大切なのだとか。
「あっ、お昼ご飯美味しかったよ。夕ご飯は私が作るね」
「……ええ。でも、無理はしないでくださいね」
「大丈夫、ハヤテ君に手伝ってもらうつもりだから」
 と、歩は再び「えへへっ」と可愛く笑った。何だかそう笑われると、僕も笑顔で頷くしかないんだよな。
 まだ同棲して間もないので食事を作るのはどうするかはっきりとは決めていない。まあ、朝食は僕が朝早く起きるから、僕が作ることには決まったけれど、昼食や夕食についてはまだ検討中。
 まあ、全ては歩の体調次第にしようかと考えてはいる。
「ああ、何だかこうしていると気持ちいいな」
「……ちょっとお腹を触ってみてもいいですか?」
「えっ? 急にそんなことを言われると、は、恥ずかしいよ……」
「な、何をされると思ってるんですか! 別に服の上から触るので大丈夫ですって!」
「う、うん……だったらいいけど」
 どうやら、脱がされるとか思ったらしいな。
――僕は一応、紳士的な執事でもあるんですよ?
 僕はゆっくりと歩の腹部に触れる。神経を集中させると、何だかほんの少し……ぴくって動いた気がした。
「ハヤテ君、どう? 動いたの分かった?」
「あっ、やっぱり動いたんですね。ちょっとだけ動いた気がしたんですよ」
「あははっ、私にははっきりと分かったからね」
「まあ、へその緒で繋がっていますからね」
 というか、そうでないとおかしい気もするけど。やっぱり、お腹の中で無意識に何か動くって言うのは何か変な感じなのかな。
 僕はゆっくりと歩のお腹をさすった。
 うん、何だかお腹の中にいる赤ちゃんまで撫でている気がして、優しい気持ちになれるな。
「赤ちゃんも寝てるのかな?」
「そうですね、たくさん栄養が行き渡って満腹になっているかもしれませんね。それで、今はぐっすりと眠っているのかも」
「あははっ、それだったら十分に成長した赤ちゃんが見られるね」
「そうだといいですね」
 ちなみに、この時期の赤ちゃんは「気持ちいい」と感じられるようになるらしい。だから、この温かさでぐっすりと眠っているのは間違いではないかもしれない。
 そう思ったら、何だか僕も眠くなってきたな。温かい空間にいるとどうも眠くなってしょうがない。
 お嬢様のご厚意で執事としての仕事を減らし、歩と一緒にいられる時間を作ってもらっている。仕事をする方が性に合っているんだけど、歩と一緒になってからはお嬢様のご厚意はとても有り難く感じている。
「じゃあ、赤ちゃんと一緒に僕たちも寝ましょうか」
「うん、そうだね。ハヤテ君」
「布団を敷くのでちょっと待っていてくださいね」
 僕は押し入れから布団を取り出す。まあ、僕も寝るので二人分出した。隣同士くっつけて、さあ、寝床も完成だ。
 子供が生まれたら、ダブルベッドでも買ってそれこそ歩と毎日同じ布団を掛けて寝たいところだ。
 歩はゆっくりと布団の上に横になった。
「お昼寝は慣れてないんだよね」
「いつもなら学校で午後の授業を受けている時間ですからね」
 僕はゆっくりと歩に布団を掛ける。すると、歩は少し眠気が増してきたのかとろんとした表情で、
「何だか今の時間が不思議な気分」
「不思議?」
「うん。だって、好きな人との子供ができて……好きな人と昼から一緒に寝ようとしてるんだもん。普通の高校生ならこんなことはできないんじゃないかな?」
「そう……ですね」
 たしかに、高校生で子供ができること自体が普通ではないからな。
 一ヶ月前の僕の誕生日に歩から妊娠の話をされて、正直僕は罪悪感、そして後悔の念を抱いていた。たった十七歳の少女の将来を決めさせてしまったって。
 しかし、今は……その気持ちも薄れてきた。苦しい日々を乗り越えて、歩は常に微笑んでいる。未来に会う子供に対して微笑んでいる。
 僕もその微笑みに幸せを感じていた。
「……歩、今の僕との日々はどうですか?」
「どうって?」
「いえ、普通ならもっと……高校生らしいこともできる時間ですから」
 普通の高校生なら。
 歩は一瞬目を見開いたが、すぐに穏やかな表情に変わる。
「何を言ってるのかな。私は満足してるよ?」
「満足……?」
「だって、今まで通りの日々でも……ハヤテ君のこときっと考えてたから。私はね、そのハヤテ君と一緒にいられることだけでも幸せなんだよ」
「歩……」
 その微笑みを見て、僕はやっぱり今の日々で良かったと思った。
「何だか少しいい夢が見られそう」
「……僕もです」
「よしっ、手を繋いで寝よう!」
「はいはい」
 僕も横になり、布団を胸の辺りまでかける。
 すると、僕の右手に歩の左手が重なる。ほんのりと温かい手が、僕の右手を温めてくれる気がした。
――ああ、これなら僕もいい夢が見られそうな気がする。
 ゆっくりと目を閉じると、僕は何とも言えない優しい感覚に包まれたのであった。


――何だか空に浮かんでいるような気持ちだ。
――遠くにはまだ霞んでいるけど、小さな女の子が見えた。


 僕はゆっくりと目を開けた。
 そこには、見慣れない低い天井があった。カーテンを閉めているのか、部屋の中が薄暗くなっている。
「今、何時だろう……」
 壁に掛けてある時計を見ると、時刻は午後四時近くになっていた。
「ということは二時間弱寝てたってことか……」
 昼寝で二時間弱も寝ることなんて今までほとんどなかった気がする。つい先日までは、普通に睡眠時間一時間の生活をしていたから、意外と寝足りない分が今になって消費されているのかもしれない。意外とスッキリしているし。
 僕は思いっきり全身を伸ばした。
「う、うんっ……!」
 全身を伸ばしたところで、僕は仰向けになって再び低い天井を見る。
「歩も不思議な気分って言ってたけど、僕も不思議な気分だ……」
 普段なら、執事の仕事をしているはずだから。
 その主に休みをもらい、歩の隣で今こうして仰向けになっていること……それ自体が、以前では考えられないことだったからだ。
 僕は歩のいる方向へ身体を向けると、歩の可愛らしい寝顔がそこにあった。ああ、こうしているだけでも僕は幸せに感じる。
「ん、んんんっ……ハヤテ君、そんなことされても困っちゃうよぉ……」
 一体、歩はどんな夢を見ているのだろう?
 はっきりと言えることは、その夢には僕が登場して歩に何かをしているということだ。このまま寝言を聴くか、聴かなかったことするか。
「後ろからぎゅっと抱きしめられてね」
「うん」
「ゆっくりと、その手が胸を通り越してお腹まで降りてきてね」
「うん」
「ゆっくりと私のお腹を撫でてくるんだよ? 恥ずかしいよね?」
「……恥ずかしいことじゃないでしょう!」
 思わず歩の寝言に突っ込んでしまった。
 しかし、ここまで状況説明してくれるとは……もしかしたら、夢の中の歩は本当に恥ずかしいと思うような状況かもしれないな。
 寝言をここまではっきりと言っているのに寝続ける歩は何だか凄いような、凄くないような……まあ、ぐっくりと眠れているからいいけれど。
「うん、これ以上寝言は聴かない方がいいだろう」
 僕はゆっくりと立ち上がり、コップ半分くらいの量の水を一気に飲むと、
「おっ、冷たいな」
 思わず身体が震える。まあ、寝起きという所為もあるかもしれないが。
 すると、何だか外から誰かの話し声が聞こえる。その話し声は僕たちの部屋の前まで来て、そして、
――ピンポーン!
 部屋のベルが鳴った。
 簡素な音だけれど、部屋の中に良く響く。なので、歩がむくりと身体を起こして、
「ハヤテ君、ちょっと出てくれないかなぁ?」
 と、半分寝ぼけているようなトーンで歩は僕に言った。当然、僕はそのつもりで既に言われたときにはドアノブに手をかけていた。
 部屋の扉をゆっくりと開けると、
「やあ、綾崎君」
「千桜さん、こんにちは」
「ああ、こんにちは」
 千桜さんがそこに立っていた。
「今日はルカが来ていてさ、綾崎君と西沢さんが一緒に住んでいると言ったら、ぜひ会いたいって言ってきたから……」
「そうなんですか。ということは……」
 千桜さんの後ろには、僕の見慣れた……水色の髪の女性。水蓮寺ルカさんが僕に微笑みかけて立っていた。
「来ちゃった、ハヤテ君」
「ルカさん、お久しぶりですね」
「そうかな? まあ、私もここに来るのは一ヶ月ぶりくらいだし。そういえば、ハヤテ君。先月誕生日だったんだって? おめでとう!」
「ありがとうございます」
 ルカさんは僕の手をぎゅっと握りしめてきた。
 ああ、多分ルカさんのファンにしてみれば、きっと今僕がしてもらっていることなんて夢のようなのかもしれないな。
 僕も愛する人がいるというのに……。まあ、有名人と握手なら歩だって納得はするかな。べ、別に僕は疚しい気持ちなんてないけど。
「よろしければ、上がっていってください」
「えっ? いいの?」
「もちろんですよ。きっと、歩がルカさんを見たら驚くと思いますんで」
「そう?」
「今のチャイムで昼寝から起きたみたいですけど、まだ半分寝ているような感じだと思うので……ちょっと驚かせてみましょう」
 まあ、これも嬉しいサプライズということで。
 僕のその提案にルカさんは微笑みながら、快く頷いてくれた。
「じゃあ、ゆっくりと入っていかなきゃね」
 まるで、僕の耳に囁いているかのような声でルカさんは僕に言ってくる。後ろにいる千桜さん、そして気づかぬ間に登場していたお嬢様も笑いながら頷いた。
 僕を先頭にルカさん、千桜さん、お嬢様が部屋の中に入る。
 薄暗い空間の中、歩はまだ寝ぼけていた。視線がどこか遠くに行ってしまっているような感じだ。
「歩、すごいお客さんが来ましたよ」
 ルカさんは歩の目の前に立って、僕は部屋の電気のスイッチに手を添える。
「えっ? 薄暗くて何にも見えないよぉ~」
 うん、これなら相当凄いリアクションが期待できそうだ。
「3、2、1で電気を点けますから」
「うん」
「それじゃ行きますよ。3、2、1!」
 僕は部屋の電気を点けると、ルカさんは歩の目の前でにっこりと微笑んでいた。
「初めまして、西沢さん。水蓮寺ルカです」
 ルカさんの自己紹介に驚くかと思いきや……歩は驚かない、だと……?
 これは予想外と千桜さんとお嬢様も苦笑いで、ルカさんは……プライドがあるのかこの雰囲気に少しショックを受けている。
 しかし、歩の眠気が段々覚めてくると、
「すいれんじ……るか……水蓮寺、ルカ……って、水蓮寺ルカ!?」
 急に歩は飛び上がった!
 立ち上がったのではなくて飛び上がった!
「えええっ!! なんでっ!? なんでっ!? なんでっ!? どうしてっ!? どうして、あの水蓮寺ルカがこんな所にいるんですかっ!?」
 さっきのこともあってか、この反応にルカさんは嬉しがっている。
「私、西沢歩です! あ、あの……テレビとか有線でルカさんの曲、聴いてました!」
「そうなの、ありがとう」
「可愛いのは知っていましたけど、実際に見るともっとかわいいですね」
「ありがとう、西沢さん。もっと言ってくれてもいいのよ」
「凄く可愛いですっ!」
 さすがはアイドルと言うことで、普通の生活をしていた歩も知っていたみたいだな。
 嬉しさのあまりか、歩はルカさんと握手をし……ぶんぶんと腕を振っている。凄く興奮しているな、これは。
「ところで、今日はどんなご用でこんなアパートに来たんですか?」
「変なところで悪かったな」
 お嬢様のツッコミにも聞き耳を立てず、歩はルカさんのことだけを見ていた。もはや、ルカさん以外は眼中にないのか。
「う~ん、冬コミの打ち合わせに来たんだけどね」
「ふ、ふゆこみ?」
「東京ビッグサイトに年二回開催される、世界最大級の同人誌即売会のことですよ。夏のお盆の時期と冬の年末にやるんです。ルカさんはその冬の方のことを言っていたんです」
「そう。私、千桜とサークル参加をするつもりなの」
 と、こういう所を言ったところで……歩はサークル参加をすることがどういうことなのか知らない。
「サークル参加ってことは、どういうことなのかな?」
「まあ、平たく言えば……元々ある作品を基に、その作品の同人誌だったりグッズだったり……それを自分で作って売るということです」
「へえ! じゃあ、水蓮寺さんは絵も描けるんですか!」
「まあ、私もアイドルだから。その位は頑張ればできるようになったわ」
 いや、それはどんな人でも同じでしょう。
 ルカさんは胸を張っている。まあ、ルカさんは努力をしてアイドルとしてある程度の地位まで上りつめ、正体は明かしていないけれど彼女の描いた同人誌は毎回完売する。まあ、これはヒナギクさんの協力があってのことだけれど。
「じゃあ、万能なんですね!」
「別に私はそんなことないわ。歌うことも漫画を描くことも、どっちも好きだからやっていること。あなたも好きになったことなら、何でもできるようになると思うけど?」
「そうですか?」
「ええ」
「そっかぁ……でも、私は今を満足しているし」
「そうね。見たところ……ハヤテ君と一緒に住んでいるそうだから」
 ルカさんは部屋を見渡した。
 歩はルカさん、千桜さん、お嬢様に「どうぞ上がってください」と優しく言うと、僕に布団を上げるように言われた。まあ、当然のことだ。
 その間に歩が緑茶を注いでテーブルに五つ湯飲みを置いた。
「今日は寒いので、温かい緑茶でもどうぞ」
「ありがとう、西沢さん」
――ふうっ。
 ルカさんは湯飲みを両手で持ち、そのような音を立てながら緑茶を冷まして……ゆっくりと一口飲んだ。
「はぁ、美味しい」
 まあ、日本のアイドルだから緑茶を飲んで幸せそうな顔をするのもおかしくはないか。ルカさんはまったりしている。
「気に入ってもらえたようで嬉しいです」
「私だって仕事がなければ普通の女の子よ? 例えばそうね。どうして、西沢さんはハヤテ君と一緒に住んでいるのかしら? 気になっちゃうな」
 ルカさんは爽やかな笑みを浮かべながら歩にそんな質問をしてきた。
 一方、歩は……急に頬を赤くしている。何だか少し恥ずかしそうにしているところは、まるで僕の誕生日のあの時を思わせているようだった。
「え、えっとですね……」
「うんうん」
「実は私、ハヤテ君との子供がいるんです」
「うんうん……って、えっ?」
 やっぱりそういう反応になるか。普通ならあまり考えることはないことだから。
「こ、こども? それって、養子縁組とか?」
「ち、違いますって! 歴としたハヤテ君との子供ですから!」
 ついには顔全体を真紅に染め、歩は言い放った。これには、さすがのアイドルも何も言葉を返すことができない。
 そして、ルカさんは何を思ったのか、はたまた歩につられたのか顔を赤くして、
「と、ということは……ハヤテ君と西沢さんって、そういうことをしたってこと? えっ? えっ?」
 ルカさんの返事は、アイドルらしからぬ反応だった。
「お恥ずかしいですが、経験済みです」
 そう言う歩が今、一番恥ずかしく見える。実際、僕も恥ずかしい。
 しかし、ここでルカさんは、さすがはアイドルなのか冷静な表情に戻す。西沢さんの手をゆっくりと握る。
「そう、おめでとう」
「ありがとうございます」
「それにしても、高校生同士なのに……二人は偉いわね。一緒に住んでいるということは、ちゃんと子供を産んで二人で育てていくということでしょ?」
「ええ、私の家族もそれに同意してます。ね? ハヤテ君」
「……はい」
 思えば、僕はあの日……歩のお父様に土下座をしたんだよな。今となっては少しずつ笑い話へと変わっているが、未だに思い出すと恥ずかしい。
「それにしても、ナギも千桜もなんで教えてくれなかったのよ~? 何だか、私……ちょっとだけショックを受けたよ」
「あ、ああ……すまない」
「千桜に同じだ」
 温かい緑茶を味わっていた二人が、一言で返事をした。
「まさか、二人のことにそんなに興味を持つとは思わなかったからさ。西沢さんをルカは知らなかったわけだし」
「む、むぅ……確かに千桜の言うとおりだわ」
「まあまあいいじゃないですか。とにかく、私はルカさんに会えたことでも嬉しいですし、それに子供ができたことを祝ってもらえるなんてこれ以上に幸せなことはないですっ!」
 その言葉を本当に幸せそうに歩は言う。
 有名人に自分の家に上がってもらって、話ができて、握手をしてもらって、そして懐妊を祝ってもらえるというのはこの上なく幸せなことだろう。
 ルカさんは歩のその言葉に何か心が救われたのか、表情がぱっと明るくなって、
「ありがとう。何だか、そう言われると私も嬉しいわ」
「……はい!」
「まあ、もし良ければ……追々、私の描いた同人誌を差し上げるわ。もちろん、私のサイン付きでね」
「ありがとうございます!」
 そう言うと、歩は急に立ち上がって箪笥からデジカメを取り出してくる。僕は持ってないから、多分歩の物だろう。
 そのデジカメを僕に渡してきた。
「ねえ、ハヤテ君! 写真撮って!」
「あっ、はい。いいですよ」
「別に会おうと思えばいつでも会うことできるのに。まあ、いいわ……西沢さん、一緒に写真を撮りましょう」
「はいっ! 光栄ですっ!」
 こんな会話は、お腹の中に子供がいるとは思わせない……本当に普通の女子校生に思える。何だか、それが僕には嬉しい。
 歩がルカさんに腕を組む形で、二人は並んで立っている。こういうのには自信がないんだけれど、僕は二人の最高の笑顔を撮った。
 そして、今度は四人で。
 お嬢様と千桜さんも加わる。二人は膝立ちの格好になった。僕は四人の姿が入るようにアングルを設定して、見事に撮ることができた……つもりだ。
 僕は四人に撮ったものを見せてみる。
「なかなかいいではないか」
「ああ、さすがは三千院家の執事君だな」
「そうね。じゃあ、後日……データでも実際に写真でもいいから私にちょうだいね」
「うわあっ、これは貴重な写真だよ……!」
 と、まずまずの評価をいただけたようだ。
 そして、気づけば陽も沈み……外を見るとすっかりと暗くなっていた。時刻にして五時半くらいだけど、冬なので日が沈む時間がとても早い。
「それじゃ、私はそろそろ帰るわね」
「そうですか。今日は多分忘れられない一日になりそうです!」
「……そう言ってくれると、すごく嬉しいわ」
 歩もルカさんも満足したようで良かった。僕も、何だか今日という日が忘れられない日になった気がする。
「また、近いうちに会おうね。私、子供どころか恋人すらいないから、西沢さんの置かれてる状況あまり分からないから何も偉そうなこと言えないけど。とにかく……頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
「近いうちに良い報告が聞けると嬉しいな。それじゃ、私はこれで失礼するわ」
「じゃあ、私も失礼するよ。西沢さん、何かあったら言ってくれ」
「私も帰る。まあ、私にも何か言えよな」
 三者三種の言葉を残して、皆、帰っていった。
 しかし、今日は思いがけないお客さんが来てくれたな。玄関から部屋の方に振り返ると、歩は未だに気持ちが高揚としていているのがすぐに分かる。
「有名人と話しちゃったよ! ハヤテ君!」
「僕やお嬢さまたちは前から会っていたんですけどね」
「もう、ひどいなあ。もっと早く言ってくれたって良かったのに!」
「歩がそこまで喜ぶほどだとは考えていなかったので。まあ、これからも時々会えるみたいですし……良かったですね」
「そうだね。何だか幸せだなぁ」
 人との出会いを幸せだと感じられる歩は本当に幸せ者だと思う。次にそう思うのは、僕との子供と出会いであってほしいものだ。
「何だか夕飯の作る気満々になってきた!」
「まだ、時間的には少し早いですよ」
「そうだね。でも、今日は私一人で夕飯作れそうだよ」
「……そうですね」
 歩をここまで元気にさせてくれるとは、さすがはアイドル。僕が出会ったあの日、ライブを見たファンを元気にさせるように。
 今一度、水蓮寺ルカという女性の凄さを僕は思い知ることになった。


――少しの間の平穏な日々。二十年以上経った今も、この日のことは覚えている。



vol.6に続く。平和な日々は遠ざかろうとしていた。
そして、ついにオリジナルキャラクターが登場!
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