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カノン

~SELL 3 授物~


――秋が深くなる頃、僕はその事実を知った。


 十一月十一日


 お嬢様と二人で学校からの帰り道。
「さ、寒い……ハヤテ」
 今日は曇天だった。
 そんな天気なのか、今日は一日中寒く、風が吹く度に僕は身体を少し震わせた。隣で歩いているお嬢様は寒さを露わにしている。
 手袋をしているお嬢様はその手で、僕の腕を掴んできた。
「って、だめか……ハヤテは歩の恋人だったんだな」
「別にこのくらいいいですよ。仮に歩に見られたとしても、歩なら分かってくれますって」
「あいつの前じゃなくても、下の名前で呼び捨てだなんて……お前ら本当に仲の良い恋人同士なのだな」
「おかげさまで。お嬢様のおかげでもありますよ」
 僕は素直にお嬢様に感謝の意を伝える。
 すると、お嬢様はさっきの言葉が嘘みたいに顔を赤くして、
「べ、別に主として当然のことをしたまでだ! 他意はないっ!」
 照れ隠しなのか、お嬢様は不機嫌な表情でそう言った。言うときに力がこもったのか、左腕が少し痛い。
「あとはそうだ、もう今日は帰ってから仕事はしなくていいぞ」
「えっ? どうしてですか?」
「……ハヤテの誕生日に決まっているからだろう」
「あっ、そういえばそうでしたね」
「お前、自分の誕生日を覚えていないのか!?」
「僕にとって誕生日は良い思い出はあまりないですからね。しかも、去年の両親からの誕生日プレゼントなく、一ヶ月半後のクリスマスプレゼントが例の約一億五千万円の借用書でしたし」
 今の言葉にはさすがにお嬢様も言葉が詰まってしまったか。信じられないと思うかもしれないけど、本当のこと。
 まあ、その借金全額はお嬢様が支払ってくださり……僕はお嬢様のご厚意で利子なしで全額を働いて返済することになっている。
 確かに、あの借用書がなかったらお嬢さまたちとも会えなかったわけだし、こうして今の生活を送れることはなかっただろうから、そういう意味では最高のプレゼントなのかもしれないけど……。子供に一億五千万円の借用書を渡す親がいるだろうか。もう、僕だけにして欲しい。
 ああ、何だかそんなことを思ったら悲しくなってきた。
「ハヤテ……とことん恵まれなかったのだな」
「ええ、借用書なんかよりもクッキー一枚の年の方がよっぽど嬉しかったです」
「まあ、普通の子供ならそうだよな」
 お嬢様は僕に同情してくれているのか、僕のことを慰めようとしてくれているのか……僕の頭を撫でようとしたんだろう。お嬢様は必死に背伸びをしている。
 でも、僕がしゃがむまで決してお嬢様の手は届くことはなかった。
「って、そんな風に地の文で言う前にしゃがめばかっ!」
「すみません」
「まったく、そんなヤツには頭なんか撫でてやらないからな!」
 とか言いつつも、お嬢様は既に僕の頭を撫でている。でも、怒っているのか撫で方はとても雑だったけれど。
 だけど、そう考えてみるとお嬢様と出会ってからまだ一年も経っていないのか。この一年は人生の中で一番濃かった気がする。
 借金を抱え、お嬢様とマリアさんに出会い、執事になり、ヒナギクさんたち白皇学院の生徒さんに出会い、アーたんに再会、アイドルと出会い……これ以外にも数え切れない出会いがあった。
 でも、歩はそれよりも前に出会っていた。
 僕は三千院家の執事になり、白皇学院の生徒になることになった時、歩とはもう会うことはないと思っていた。
 でも、あの日に偶然会って……告白されていなかったら僕はきっと、君のことを意識することはなかっただろう。
「むっ、何を笑っているのだ」
「……いいえ、ただ……僕は幸せ者だなって」
 きっと、僕は気づかぬ間に笑みがこぼれていたんだろう。これも、去年の自分にはできなかったこと。
 そういう意味でも、僕は幸せ者かもしれない。
「えっ、えっ……? そ、それはどういう意味だ……?」
 しかし、お嬢様は今の僕の言葉をどう受け取ったのか狼狽している。顔を赤くして、僕から目を逸らそうとする。
「いや、その……ただ、幸せ者だなと」
「それがどういう意味なのかを訊いているのだっ!」
 今度は怒り始めた。感情の波が荒いお嬢様ですこと。
「僕は去年まで、クッキー一枚のプレゼント。そして、ずっと一人ぼっちの誕生日でした。祝ってくれる友達はいませんでした。でも、今年はそんなことが嘘のようで。僕はそんな誕生日を祝ってくれるとお嬢様が仰ってくださること自体で、僕は幸せ者だと感じてしまうんですよ」
「……そうか」
「お嬢様の気持ちはとても嬉しいですよ。では、今日はお嬢様のお言葉に甘えて、アパートに帰ったらゆっくりしたいと思います」
 そうだ、お嬢様の精一杯の気持ちに応えなければ。
 それでこそ、執事ではないだろうか?
 僕はお嬢様の頭を撫で、何も言わずに歩き出した。たぶん、その言葉を言うには早すぎると思ったから。
――きっと、僕は期待しているんだろう。
 今まで感じたことのない胸の高鳴りを感じつつ、僕はお嬢様とムラサキノヤカタへと帰るのであった。


 僕は自分の部屋である屋根裏部屋にいる。
 僕はゆっくりと携帯電話の画面を眺めていると、下で何やら物音や話し声が聞こえる。それも今の僕には微笑ましいことだった。
「しかし寒いな……」
 夕方になり、陽も段々と沈んできた頃。
 天井裏なので、クーラーを取り付けることはできない。布団でも敷いて、少し掛け布団を掛けながら過ごそうかな。
 そう思い僕は布団を敷こうとした瞬間だった。
――プルルッ!
 携帯電話の着信音が鳴った。誰からだろう?
「……歩だ」
 発信元:西沢歩。
 僕の携帯画面にはそう出ている。
――もしかしたら、今日の事で電話をしてきたのかな?
 期待をしつつ電話に出る。
「もしもし、ハヤテですが」
『あっ、ハヤテ君! お誕生日おめでとう!』
「ありがとうございます」
『今日で十七歳だね』
「ええ、やっとですよ」
『あと一年でハヤテ君と結婚できるのかぁ』
「歩はまったく……気が早いんですね」
『何言ってるの。私の夢はね、ハヤテ君が十八歳になったらすぐに結婚することなんだから。私の方が誕生日早いから大丈夫なんだからね!』
 普段の話し声も可愛いけれど、やっぱり自分の夢とかを話すときの歩の声は生き生きとしていて一番可愛い。きっと、それを話している歩は満面の笑みなんだろうな。
「あははっ、せめてお互いに高校を卒業してからにしましょうよ」
『う、うううっ……まあ、確かにそれは現実的に考えてハヤテ君の言う通りかもしれないね……』
「泣くようなことじゃないですよ。たった四、五ヶ月の違いですって」
『そ、そうだね。そのくらいだったら我慢できるかも』
 付き合ってから二ヶ月半足らずで結婚する時期の話が出るとは……。僕たちは何だか先を行きすぎているような気がするけど。まあ、歩が望んでいることなら……今から話してもいいのかもしれないな。
『来年の誕生日にプロポーズをするね』
「……それは歩にお任せします」
『あっ、もしかしたら知らされていないかもしれないけど……パーティには少し遅れると思うから』
「パーティ……ああ、お嬢様の様子を伺っていたら何となくあるだろうなとは思っていましたけど、やっぱりそうでしたか」
 「今日はアパートに帰ったら休めっ!」だからな……。何かをしようとしているのは僕でも推測はできる。
『うん』
「まるで今年の西沢さんの誕生日パーティみたいですね」
『まあね、そんな感じかな。でも、もうサプライズパーティじゃなくなったけど』
「いえ、僕は嬉しいですよ。たった今もそう思っています」
『そっか。ハヤテ君は幸せ者だね』
「それはお嬢様と学校から帰ってくるときから感じていましたよ」
 僕は調子よく言うと、電話の向こうから歩の笑い声が聞こえてくる。
「それで、遅くなるんでしたっけ」
『うん。ちょっと寄りたい場所ができたから。まあ、パーティ中に来ると思うから、ナギちゃん達にはパーティが始まったら伝えておいて』
「はい、分かりました」
『じゃあ、また後でね!』
 僕は通話を切った。
 歩の寄りたい場所というのが少し気になるけど、まあ、歩にとってあまり言いたくないことかもしれないし気にしないでおこう。
 昨日まで誕生日のことについて何も言わなかった歩だったけど、サプライズパーティのことがあったからだったんだな。もうサプライズではないけれど……まあ、そういうことがあると知ったことが『サプライズ』ということにしておくか。
「そういえば、プレゼントとかあるのかな……?」
 僕はその気持ちだけで嬉しいのだけれど、今の僕は……そんなことを思ってしまうほど、まさに“幸せ者”かもしれないな。
 お嬢様に呼ばれるまで、僕はしばしの間……自分の部屋でゆっくりとするのであった。


 歩との電話から約三十分後。
 僕はお嬢様からお声がかかった。歩の言っていた例のパーティだろう。僕はお嬢様に一階のお嬢様の部屋の前で連れてこられた。
「さあ、ハヤテ。3、2、1で開けるのだぞ」
「はい」
 もう、何が起こるのかは大体予想はついていたけれど……ここは素直にお嬢様の指示に従うか。
 僕はドアノブに右手をかけた。
「よし、いくぞ! 3! 2! 1!」
 お嬢様の威勢のよいかけ声とは対称的に、僕は静かに部屋の扉を開けると……。


「ハヤテ君、お誕生日おめでとう!」


 クラッカーの破裂音とともに。
 マリアさん、ヒナギクさん、千桜さん、アーたん。そして、お嬢様。五人の声が一つの言葉で合わさって、僕に届けられる。
 僕を入れると六人なるけど、六人だと少し狭いとも感じられるこの空間に……僕は初めて温かさを感じられる誕生日を迎えられたと感じた。
 食卓の上にはケーキを筆頭に料理が並んでいる。これも、マリアさんやヒナギクさんが頑張って作ってくれたんだろう。
 そして、部屋の中の装飾は……きっとお嬢様だろう。お嬢様らしい独特のセンスの装飾がなされていた。お嬢様の部屋だからか。
 僕はそんな部屋の中を見渡し、そして五人は僕に向けて拍手を送っている。皆、笑顔だ。もちろん、ヒナギクさんも。
「皆さん、ありがとうございます」
 お嬢様の部屋の中に入り、僕は一礼した。
「さあ、こっちに座るのだ」
 僕はお嬢様の案内された通りの場所に座る。左隣にお嬢様が座り、右隣は空いていた。たぶん、歩がここに座るからだろう。
 四角いテーブルだけれど、僕から時計回りで、歩(予定)、ヒナギクさん、千桜さん、アーたん、マリアさん、お嬢様の座り方になっている。
「改めて、ハヤテ。誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、お嬢様」
「まあ、これはだな……別に私からこういうことをやろうって言ったわけじゃないんだぞ! た、ただ……普段な、せ、世話になってるから、その……感謝の意を表そうとかそういう類のことなんだからな! 勘違いするなよ!」
「は、はあ……そうですか」
――どちらにせよ、僕のためにしてくれていることでしょう?
 僕はそう言おうと思ったけど、何だか言ったところでお嬢様がオーバーヒートして壊れそうな気がしたので、言うのを抑えた。
 お嬢様は「コホン」と咳払いをして、
「まあ、なんだ。だから、その……とにかく、今日はお前のためのパーティなのだ! とくと楽しむがいい!」
「はい、もちろんですよ」
「それじゃ、今からロウソクに火を点けるからハヤテは火を消してくれ! 千桜! 電気を消してくれっ!」
「分かった」
 スイッチに一番近い千桜さんが立ち上がり、電気を消すと部屋の中は真っ暗になった。時計を見ると午後六時過ぎ。すっかりと外は暗くなっていた。
 僕は今日で十七歳になるから、大きいロウソクが一本に小さいロウソクが七本。マリアさんがチャッカマンで全てのロウソクに火を点ける。すると、部屋の中は何とも言えない空間になっていて、五人の視線は僕の方に集まっていた。
「よし、みんなで歌うか」
 お嬢様の言葉に、他の全員が頷く。「せーの」とお嬢様のかけ声に合わせ、


 Happy Birthday to you
Happy Birthday to you
Happy Birthday to dear Hayate


Happy Birthday to you


――ふうっ。
 五人の鮮やかで優雅な歌声が響き渡った後、僕は一吹きで八本全部のロウソクの火を消した。
 一瞬、部屋は闇に包まれる。
 そして、部屋に灯りがともされると、
「ハヤテ君、誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます」
 今度は皆に拍手をされながら、僕は祝われた。
 去年の誕生日とは相反するような誕生日で、まだ歩が来ていないのに僕の気持ちは最高潮に達しようとしていた。
 思わず、僕は泣きそうになった。
「お、おいっ! 何をお前は泣きそうになっているのだっ!」
「いえ、ただ……僕はこんなにたくさんの方から祝ってもらえることなんてなかったので、嬉しくて、嬉しくて……」
 たぶん、これが普通なのだろう。今のように同級生同士でなくても。
 とにかく、僕は去年まではここまで人に囲まれた生活を送らなかった。歩が去年の今も好きであっても、僕にそれは知る由もない。そんなことなんて、去年の僕は信じることができなかったから。
 僕は孤独だと思っていたけど、今、何となく分かった気がする。僕は誰かに生かされて、そして、誰かを生かしているんだって。
 ああ、僕に見せてくれる幾つもの笑顔がすごく眩しい。
「ハヤテ君、何を泣いているのよ。歩の前でそんな風にしてたら、歩が不安になっちゃうでしょ」
「すみません、ヒナギクさん」
「でも、こんなに喜んでくれたんだから……ナギ、やっぱりあなたの言うとおりにやってみて良かったわね」
「ああもう! 何をさりげなくばらしているんだっ!」
 お嬢様は顔を赤くしながら叫んだ。
 やっぱりお嬢様が最初に考えてくれたことだったんだな。
「ありがとうございます、お嬢様」
 僕はそうお礼を言って、お嬢様の頭を優しく撫でた。
「……ま、まあ……お前が喜べばそれでいいのだ!」
「ふふふっ、良かったですね。ナギ。それでは、ケーキは西沢さんが来てから食べることにしましょうか」
「そうですね」
 さて、ケーキは後とということになったから、さっそく料理の方でも……。
「ちょっと待った!」
 その声を上げたのはお嬢様。
「……えっ?」
「料理を食べるのにはまだ早い。食べる前にまず……ハヤテに誕生日プレゼントを渡すのだっ! プレゼントのあるヤツはハヤテに渡すのだ」
「お嬢様は何か僕にくれるんですか?」
「あっ、いや……そ、その……このパーティのことを考えるだけで精一杯で、プレゼントのことまで考えてなかった……」
「そうですか。でも、このパーティを企画してくれたことは僕には最高のプレゼントですよ。お嬢様」
「ハ、ハヤテ……」
「そういえば、何時か前に……僕に時計をプレゼントをしてくれると仰いましたよね?」
「あっ! そう言えばそんなことを言っていたな……私がバイトを始めるときに!」
「そうですよ。僕も少し忘れかけていましたが、もし……お嬢様の気持ちが変わらなければ、来年のプレゼントは時計でもいいですか?」
「ああ! そうするよ!」
 お嬢様はコツコツとバイト代を貯金していたから。まあ、それは同人誌の制作費に充てられることもあるけれど。
 もし、お嬢様の気持ちが変わることがなければ……僕に時計をプレゼントできるだけのお金が貯まるだろう。
「じゃあ、次は私でいいかしら?」
「ヒナギクさんからもあるんですか。楽しみだなぁ」
「……う、うん」
 僕はヒナギクさんから小さな袋を貰った。薄い水色の袋に、青いリボンでちょうちょ結びに結ばれている。
「何か入っていますね。開けてもいいですか?」
「いいわよ」
 しゅる、っと青いリボンをほどくと、中身は可愛らしいクッキー。丸やハートや星形の三種類の形のクッキーが入っていた。
「クッキーですね」
「まあ、今年の誕生日にハヤテ君がクッキーをくれたから。その時のお礼も入ってるかな」
「そういえば、ヒナギクさんにあげましたっけ」
「もしかして覚えてないとか?」
「覚えていますよ。あの時、ヒナギクさんはずっと待っていてくれていましたよね」
「う、うん。寝ちゃったけど、ね」
 僕とヒナギクさんの会話が盛り上がっていくのだが、何だか周りからの視線が怖い。特にお嬢様からの視線が……。ヒナギクさんは恥ずかしながらも笑顔で話してくれているからいいのだが。
(……うおっ!)
 お嬢様の方をちらっと見る。何だか、このパーティを企画してくれた人のようには思えないような目つきで僕の方を見ているぞ。
「ヒ、ヒナギクさん。一枚、食べてみてもいいですか?」
「うん、食べてみて。味見してみたけど、たぶん、上手くできてると思う」
 それなら安心できるな。まあ、ヒナギクさんの作った物なら保証できるけど。
 僕は丸い形のクッキーを一枚食べる。
「美味しいですね。甘さも甘すぎず、適度に甘くて……」
「そう? だったら良かった」
「ありがとうございます、大切に食べますね」
 ヒナギクさんは料理だけじゃなくて、お菓子作りも上手だな。クッキーの硬さもちょうど良いし。
 しかし、この時もお嬢様からの怖い視線は変わらなかった……。
「私は冬になったらマフラーでも差し上げますね」
「マリアさんはマフラーですか」
「……手作りのマフラーをしたいところなのですが、ハヤテ君には西沢さんがいますからね。私のオススメのマフラーを買って差し上げますね」
「はははっ、そうですか」
 何だかマリアさんらしいプレゼントだな。
 まあ、恋人がいるのに別の人から手作りのマフラーを貰うというのは……マリアさんにとって、歩に罪悪感のような思いを感じてしまうんだろう。
 そういえば、歩は何のプレゼントを用意してくれるんだろう? そう思っていた矢先に、今度は千桜さんがプレゼントを渡してくれるようだ。
「はい、綾崎君。パッキーと先月出したルカの同人誌だ」
「ありがとうございます」
「まあ、今日十一月十一日はパッキーの日らしいからな。私からのプレゼントはパッキーにしてもらうぞ」
「実際にはポ○キーの日なんですけどね」
「べ、別に見た目があまり変わらないからいいじゃないか! 味だって変わらないし! ちなみに名前だって一文字違いだ!」
――そ、それでいいんでしょうか?
 しかし、パッキーにも思い出があるな。お嬢様のために苦労したっけ。
 これもヒナギクさんのクッキーと同じであとでゆっくりといただくことにするか。そして、同人誌。
「ああ、それはルカからのプレゼントだと思ってくれ」
「ルカさんからの?」
「まあな。まあ……売る人間として、何冊か取っておいた中からの一つなんだけどな。ルカに連絡したら、ぜひこの同人誌を渡してくれって」
「へえ、そうなんですか」
「今日も仕事で忙しいからな」
 ルカさんはアイドルだからな。きっと、写真撮影やレコーディングなどで忙しいんだろう。僕と同じ年代なのに、よく頑張っている方だ。
「じゃあ、後で読みますね。ルカさんには後で僕から連絡しておきます」
「ああ、そうだな」
「ということで、最後はアリスさん……ですか」
 この流れで来ると、当然僕はアリスさん……アーたんから何かプレゼントがもらえると思ってしまう。
 僕はアーたんのことを見ると、アーたんはゆっくりと立ち上がり……僕のすぐ横に立った。
「ハヤテ。十七歳の誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「……そうね。私からの誕生日プレゼントなのだけれど、その……」
 なんだ? 普段は冷静で気品のあるアーたんが……ここに来て、顔を赤くして狼狽している。
 アーたんは恥ずかしそうに僕のことをちらちらと見る。
「アリスさん?」
「……あ、あのね。ハヤテ……別に今からすることにはあまり深い意味はないことを先に言っておくわ」
「は、はい」
 アーたんは僕の両肩にそっと手を乗せ、そして、ゆっくりと……。
――ちゅっ。
 僕の頬にゆっくりと唇を触れさせた。


「なっ、何をやっているのだお前は!」


 すぐにそう反応したのはお嬢様。
 アーたんはお嬢様のその言葉にも反応せず、僕の方をただただ見ている。僕はどうしていいか分からず、とりあえず微笑んだ。
「ありがとう、アリスさん」
「……お誕生日のプレゼントが思いつかなかったので、こういうことをさせてもらいましたけど……いかがだったかしら?」
「えっ、どうだったって……」
 どう答えればいいんだ?
 しかし、お嬢様は今にも泣きそうな表情になってるし……ヒナギクさんやマリアさんの目線も何とも言えない。唯一、冷静でいるのは千桜さんだけだ。
「答えないと、アリスちゃんが悲しむことになるぞ」
「ち、千桜さん……」
 しかし、どう答えればいいのやら。何を言おうか考えた末に出た言葉が、
「とても柔らかい唇でした」
 その言葉に誰もが無言になった。千桜さんには呆れられた表情をされる。
――ああ、何だか一気に空気が寒くなったな。
 唯一、微笑んでいるのは言われた本人であるアーたんだけで……まあ、アーたんさえ微笑んでいるならそれでいいだろう。そうじゃなきゃやってられない。
「まあ、ハヤテがそう言ってくれるのなら……良かったですわ」
「う、うん」
「もしかしたら、今度は唇にしてしまうかもしれませんけど」
 って、何をアーたんは爆弾を投げ込もうとしているんだ! お嬢様とヒナギクさんの視線がすごいことになっているじゃないか!
「おまえ、そんなことをされたら歩が悲しむことを忘れるんじゃないぞ」
「……そうね。その時は私が……」
「ご、ごめんなさい! 僕は絶対にそのプレゼントは受け取りませんから!」
 って、どうして僕は謝ってるんだろう。したわけでもないのに。
 その時、玄関の方から、
――ピンポーン。
 と、部屋の呼び出し音が響き渡った。
 お嬢様がすぐに玄関の方に向かう。
 歩が来たのかな?
「あっ、やっぱり始まってたんだね」
 この声は歩だ。お嬢様に連れられ、歩が部屋の中に入ってきた。
「みんなでハヤテにプレゼントを渡していたところだ。もうみんな終わったから、あとはハムスターだけなのだ」
「へえ、そうなんだ」
 歩は茶色いロングスカートを履き、上は薄い灰色のタートルネックを着ている。お嬢様に案内され、僕の左隣に座った。
「ハヤテ君、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「誕生日プレゼントだったね。はい、これ」
 歩はバッグの中から、装飾されている小さめの箱を取り出し、僕に渡した。
「開けてもいいですか?」
「うん」
 僕は包装紙を取り、箱のふたを開けると……中にはネックレスが入っていた。銀色の少し控えめなデザインの上品なネックレスだった。
「綺麗ですね」
「うん、少しは奮発しようかなって思ったんだけど……男の人に渡すから何がいいのか迷っちゃって」
「そうなんですか。でも、僕……凄く嬉しいですよ」
「良かった、喜んでもらえて。あのさ、良かったら……首にかけてもらえないかな?」
「はい」
 僕は歩からもらったネックレスを首にかける。今、僕は執事服を着ているけれど、それにも良く合っている。
 それを見る歩の表情はとても幸せそうだった。
「似合ってるね、ハヤテ君」
「ありがとうございます」
「うむ、ハヤテによく似合っているぞ」
 僕はこんなによくしてもらっていいのだろうか。何だか、これ以上いいことがあったらバチが当たりそうで怖いくらいだ。
 マリアさんが「ケーキでも切りましょうか」と言って、包丁を持ってこようとする。それを待っている間、歩は何だか恥ずかしそうにもじもじとしていた。
「歩、どうかしましたか?」
「えっ、いや……ちょっとね」
「ん?」
 歩がこんな風になっているのは見たことがない。みんなの方をじろじろと見ているけど、でも、一番多く見ているのは僕だ。
 何か僕に関係あることでもあったのかな? 遅れてきたし。
 そう考えていると、歩がゆっくりと口を開いた。
「あのね、みんなに言いたいことがあるの」
 歩は何かを決意したかのように、小さいながらもしっかりした声を出す。もちろん、お嬢様たちは歩の方に視線を向ける。
 歩は息をのんで、小さく頷いた後、


「私、お腹の中にハヤテ君との子供ができたみたい」


――はっ?
 それが、この部屋にいた歩以外全員の答えだった。
 一番それを言いたかったのは僕だ。
「歩、何かの冗談を言っているんですか?」
「冗談じゃないよ。だって、今日……病院に行ってきたけど、お医者さんから妊娠二ヶ月だって言われてきたからね」
「……本当、ですか?」
 歩は頬を紅潮させ恥ずかしそうに、しかし、どこか嬉しそうにこくりと頷いた。
「そうですか」
 まさか、あの時の?
 妊娠二ヶ月ということは、あの日のことしか心当たりがない。まさかとは思っていたけど、こういうことになるとは。
 世の中、何が待ち受けているのか分からないな。
「ハヤテ君!」
「……はい?」
 ヒナギクさんが僕の両肩を「がっ!」と掴んできた。
「何で歩のお腹の中にハヤテ君との子供がいるのよ!」
「いや、それは……」
「べ、別に内容は言わなくていいんだから! 私だって子供がどうやってできるのかは知ってるし! それよりも、どうしてハヤテ君と歩は大人の階段を一段ずつじゃなくて、二段も三段も上がっちゃうのよ!
 と、僕の身体を前後に激しく揺らしながらヒナギクさんは叫ぶ。ああ、何だか意識が遠のいていく……。
「だって、二人はまだ十七歳じゃない……」
 たしかに、僕と歩は十七歳だ。結婚ができる年齢じゃない。子供ができたというのは、今の僕たちにとってはあるまじきことなんだ。
「ヒナさん……」
 ヒナギクさんは今にも泣きそうになっている。友達が妊娠なんて知らされたら、その衝撃は大きいだろう。しかも、相手は僕だ。
 たしかに、そう考えると僕はなんてことをしてしまったんだと罪悪感を覚える。全てはヒナギクさんの言うとおり。僕たちは十七歳で、大人への階段を何段も駆け上がってしまったんだから。
 目の前の景色が変わりつつあった。特に歩の方に視線を向けると、それが頭著に現れる。
 その時、お嬢様が立ち上がった。
「ハヤテ、ちょっと……外に出ないか?」
「お嬢様……」
「マリア、ハムスター、千桜。ヒナギクのことは頼む」
 お嬢様はそう指示をして、僕は僕の手を引っ張りながら部屋を出て……ムラサキノヤカタの玄関を出て行く。
 外は暗く、妙に寒い。玄関灯と、道路に灯されている街灯で僕とお嬢様のお互いの顔は何とか見ることができる。
 お嬢様はやけに冷静だった。ヒナギクさんがあんなに取り乱したら、お嬢様も同じことになるかと思いきや、意外だった。
「ハヤテ」
「……なんでしょう?」
「実はここまで連れてきたのには理由がある。道路の方を見てみろ。寒空の下、私たちが出てくるのを待っていてくれた人がいるんだ」
「えっ?」
「西沢さんのお父様、お待たせしました」
 お嬢様から放たれる敬語に向けられた先には……何度かお会いしたことのある、歩のお父様だった。
 どこかに大事な所に挨拶に行くような、公式の場に出るような……スーツをきちんと着こなしていた。僕もその姿に体中に緊張が走った。
「寒かったですよ、十分だけでも待たされては」
「すみませんでした」
 お嬢様は歩のお父様に一礼をした。何だか新鮮だ。
「しかし、お嬢様……どうして歩のお父様がここに?」
「実は歩が私の部屋に入った瞬間に、今回のことを知らされたのだ。そして、西沢さんのお父様が来ることも……」
 そうか、だからお嬢様は歩が妊娠のことを告白した時に動揺しなかったのか。既に、そのことを知っていたから……。
 僕は歩のお父様の方を向く。
「綾崎君ですね」
「は、はい!」
「歩からは話を聞いています。娘と仲良くしてもらっていて……何度か会ったことはありますが、見た通りのまま優しい雰囲気が分かりますね」
「いえ、そんなことは……」
「横にいる三千院さんの執事さんだけあって、勉強のみならず家事も確実にこなしているでしょうね。そこはどうですか、三千院さん」
 歩のお父様はお嬢様に答えを求める。お嬢様は笑顔で、
「ええ、ハヤテは普通の人よりも家事など……色々な面でスキルの高い人だというのは一年ほど雇っているので保証できます」
「そうか、だったら歩のことは綾崎君に任せられますね」
「……えっ?」
 何を言い出すんだ……? 歩のお父様は……。
 妙に僕に安心感を持っているというか、何というか……。
「綾崎君」
「は、はい!」
「……歩の妊娠のことについて、一つだけ訊きたいことがあります」
「妊娠のこと、知っているんですか?」
「あははっ、もちろん恋人の綾崎君にも伝えたいだろうけれど、ちゃんと私と妻と弟の一樹は電話で既にそのことは聞きましたよ」
「そ、そうですよね……」
 たしかに、歩の家族が知らないわけがない。
「それで、お母様や弟さんはどんな反応でしたか?」
「う~ん……そうですね」
 僕は生唾を飲む。
「名前を何にしようか、今から家族の話題で盛り上がっているところですよ」
「肯定的なんですね、西沢家は」
「もちろんそうですよ。ここ二ヶ月間くらい、歩が幸せそうな表情で話すことの大半は綾崎君とのことです。正直、私も妊娠のことを電話で言われたときは驚きましたが……相手が綾崎君ならいずれはこうなるだろう、と」
「そうですか……」
「ただ、それは覚悟していましたが……なんせ、歩も綾崎君もまだ高校生同士。まずは綾崎君がどんな人なのか知りたくなってしまいまして」
 僕もいずれは目の前の人のように、子供の父親になるんだよな。そう思うと、歩のお父様がやけに大物に見えてきてくる。
「それで調べたら三千院家の執事。人を守ることにおいては、もうスペシャリストだと分かって。それで、私は綾崎君なら大丈夫だと思いました」
「いえ、とんでもないです。それに、僕は今……歩にとんでもないことをしてしまったと罪悪感を抱いているんです」
「罪悪感?」
 僕はふと、あの日のことを思い出した。たぶん、歩が妊娠するきっかけとなったあの日のことを。
「僕はそのことなんて考えもしませんでした。しかし、歩と二人きりになって……歩に僕としようと懇願されると、僕も歩を手放したくなくて、歩の全てを僕の物にしたくなって、それで、僕は……!」
「ハヤテ……」
 歩のお父様の前で何を泣いているんだ、僕は。
 でも、涙が止まらない。止まらないということは、僕は歩に悪いことをしてしまったと思っていることを認めていることなんだ。
 お嬢様が優しく背中をさすってくれるのが、何だか辛い。
「ハヤテが悪い訳じゃないさ、それは歩だって分かっているよ」
「お嬢様……」
「なるほど。ということは、今回のことは歩が望んだことなんですね?」
「……はい。きっかけとなったのは歩ですが、僕も……同じ気持ちでした」
「そうですか……」
 歩のお父さんは落ち着いた口調でそう言った。
 きっと、僕は殴られたりするんだろう。娘の人生を変えたって……。
 だからこそ、僕は覚悟を決めた。
「あの、お願いがあります」
「なんでしょうか?」
「歩さんは僕が幸せにして見せます! なので、娘さんを僕にください!」
 僕は歩のお父様に土下座をした。
――ああ、本人よりも前に結婚の話を申し込んでしまったな。
 僕はそのまま土下座を続ける。
 無言の時間が続く……それは何分にも何十分にも感じる。
 そして、
「綾崎君、立ちなさい」
 優しい語りかけに従い、僕はゆっくりと立ち上がった。
「今から私が言おうとしていたことでしたのに、まさか……綾崎君から言われるとは思いませんでした」
「……えっ?」
「いや、歩のことについて。ぜひ、歩のことを宜しくお願いしたいと思いまして」
「……」
「最近は若い方同士が子供を作っては男性が女性を捨てる。生まれてきても、育てきれないとまだまだ幼い子供の命を自ら絶やそうとする親もいる。それが不安だったので、それを訊きたかったのですが……今の綾崎君にはさすがに私も頭が上がりません」
 すると、歩のお父様はゆっくりと深く頭を下げて、
「歩のこと、どうか宜しくお願いします」
「こ、こちらこそ宜しくお願いします」
「いずれは、歩をこちらのアパートで綾崎君と住まわせたいと思うのですが……まあ、本人次第ですがその時は宜しくお願いします」
「分かりました」
 歩のお父様はゆっくりと頭を上げて、僕と握手をした。それは、寒い空の下だったけれど、確かに感じられた温かさのある握手だった。
「さて、それじゃ家に帰ったらさっそく名前のことについて話し合うことにしますよ」
「……それは、歩と僕で考えるんで」
「あははっ、家族の話題にと思いまして。歩が生まれるときにもよく妻と考えましたよ」
「そうですか」
「私はこれにて失礼します。三千院さんもありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
「そして、おめでとうございます。綾崎君」
「……はい」
 歩のお父様はゆっくりとムラサキノヤカタを立ち去った。
 今の「おめでとう」には……きっと、二つの意味があったんだろうな。僕はゆっくりとその言葉を噛みしめた。
 僕はとりあえず大きく深呼吸をする。
 何だか、空気は冷たいけれど……僕の身体の中には新鮮な何かが芯まで伝わっている気がした。身震いよりかは身がしゃきっとした気がする。
――何だか不思議な場所に立っている気がするな。
 今の僕の気分はそんな感じだ。
「普通の誕生日になるかと思ったら、ある意味でとんでもない誕生日になったな」
 思わず呟いた。
 だけど、僕にとって嬉しいこと……そして、十七歳になって新たな気持ちでこれからの日々を送るためには、歩のお父様と会ったのはいい刺激になったと思う。
「ハヤテ」
 背後からのお嬢様の呼びかけに僕は振り返る。
「なんでしょうか?」
「……良かったな、歩のことをお願いされて」
「そうですね。まさか、歩のお父様が来るとは思いませんでしたから……。てっきり、僕はお嬢様が何か二人きりで話したいことがあるかとばかり」
 僕は苦笑いで話すと、お嬢様はふっと上品に笑った。
「そうだったな、忘れてたよ」
「えっ? 本当にあるんですか?」
「……当たり前じゃないか」
 お嬢様は小さい声でそう返事を返すと、僕の目の前まで歩み寄ってきて……ぎゅっと僕の右手をお嬢様は両手で握りしめる。
「……おめでとう、ハヤテ」
 その声を放つお嬢様の顔は少し哀愁を覗かせる笑顔だった。
 僕に言いたかったことは、これだけなのだろうか? 普段なら、ありがとうと一言返すのだが……歩の告白した時のこともあってか、僕はその一言がなかなか口に出せなかった。
「どうした? ハヤテ」
「いえ、お嬢様がそこまで素直にお礼を言うなんて……何だか違和感がありまして」
「おいおい、二人の間に子供ができたのなら……喜ばないわけが……ないだろう……」
 口では嘘は言えるけど、身体は正直になっている。
 あの日の僕とは少し意味合いが違うかもしれないけど、その言葉は今のお嬢様には当てはまる。お嬢様は確かに嬉しい気持ちもあるはず、でも……。
「悔しい……」
「悔しい?」
「……ただ、子供さえできなければ私の方へとハヤテが向いてくれると思ったからな。ただ、それだけなんだ」
「お嬢様……」
「はははっ、単純に歩への嫉妬なのだ。でも、歩からの電話に……さっきのハヤテの土下座を見たら、吹っ切れた」
 お嬢様は瞳に浮かべた涙を必死に右腕で拭った。
「それに、ハヤテは私の執事としてここにいてくれるのだろう?」
「……ええ、もちろんですよ」
「そうか」
「お嬢様、僕は今……不思議な気持ちです」
「えっ?」
「今日は僕の誕生日なのに、何だかもう一人……誕生日を迎えているみたいで」
「たしかに、それは不思議に思うかもしれないな」
 僕とお嬢様は夜空に浮かぶ無数の星を見上げた。
 冬に近づいているのか、空気も乾燥していて雲もあまりない。なので、天体観測をするには絶好の夜空だ。
「なあ、ハヤテ」
「……はい」
 お嬢様の顔を向くと、何だか恥ずかしそうな表情が待っていた。少し暗くとも、その頬が赤くなっているのは分かる。
 しかし、何だか変なことを訊かれそうな気がしてならない。
「あのさ、子供ができたってことは……したんだよな?」
「……」
――やっぱり、そういうことを訊くんですか。
 僕は心の中でため息をついた。
「ちなみに、何を?」
「……し、しらばっくれるなっ! そ、それを私に言わせるなんて、デリカシーにも程があるぞ!」
「その言葉、お嬢様にそのままお返しします」
「と、とにかくだ! そ、その……実際にしてみて、そ、その……き、気持ちよかったりするのだろうかっ!?」
 と、勝手にお嬢様は叫んであたふたし始めた。
 まったく、お嬢様はどういう経緯でそんなことを訊きたがるんだろう。執事として、お嬢様を躾なければいけない時が来るかもしれないな。
 僕はお嬢様の肩を掴む。
「ふにゃあっ!?」
 可愛らしい叫び声を上げ、お嬢様は自分の膝くらいの高さまで飛び上がった。
「……言っておきますが、お嬢様が知るには四年ちょっと早いみたいですね。それに、教えたとしても同人誌のネタにはなりませんよ?」
 今度はお嬢様に聞こえるようにため息をついた。
 しかし、何だ……お嬢様のこの不満そうな表情は。
「……教えてくれたっていいではないか」
 どうやら、お嬢様は何かそんな内容の作品に影響されてしまったらしいな。前に、年齢規制のあるホラー映画を見ていたこともあったし。
「とにかく、お嬢様には早いですよ。それに……それを知るということは、今の僕と歩のような関係になる可能性もあるってことですから」
「むぅ」
「……お嬢様、愛する人ができればいずれ分かることでしょう」
「そう……だよな」
 口ではそう言うものの、やはりお嬢様はどこか納得できないご様子。僕はお嬢様の手をそっと掴み、
「さあ、部屋に戻りましょう。皆さんが待っていますから」
「そうだな。ケーキとかまだ何も食べてないからな」
「ええ、楽しみですね」
 お嬢様に微笑みかけると、それに答えようとお嬢様もにこり。どうやら、気分も少しずつ良くなってきたみたいだ。
 僕はお嬢様の小さな手を確かに掴んで、アパートの中に戻っていった。
 その時、
「愛する人はもう、歩と結ばれてしまったのだ……」
「えっ? 何か言いましたか?」
「な、何でもない!」
 確かに、お嬢様の口が動いた気がしたんだけどなぁ……。僕の気のせいなのかな。
 僕とお嬢様はその後、お嬢様の部屋に戻り……今までの誕生日の中で最高な時間を愛しい人、親しい人と共に送るのだった。


――この日が当時の僕にとっては、一番の幸せな時だったのかもしれない。



vol.5に続く。二人の間に子供ができたことで共に暮らし始める。
そんな二人を中心とした、とある冬の日の平和なお話。
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