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こんばんは、セカコンです。
明日から関東地方では計画停電が始まります。

4月末まで続くのだとか・・・。
自分の地域の停電時間をよく調べておいてくださいね。

私の地域はどうやら夕方らしいのですが・・・。
市内の放送が流れるまで待つとします。


今日はvol.2ですね。目覚めた先に待っていたのは?


それでは、vol.2をどうぞ。


~SELL 1 Time Slip~


 ――目を覚ますとホテルの一室だった。


 どのくらい闇にいたのかは分からない。どのくらい迷ったのかも分からない。しかしある時、一点の光が見えた。手を伸ばしてみる。
 真っ暗な漆黒とは一転して、眩しいほどの純白の景色を襲った。


 「うんっ……」


 目を覚ますと、意識を失ったときに見た天井よりも高い天井が目に入った。そして、体に感じる明らかに違うベッドの柔らかさ。
 同時に、クーラーで空調されているせいか少し身震いした。今分かるのは、ここは自分の住んでいる部屋ではないということ。
 「ここは、どこだ?」
 ゆっくりと体を起こす。正面にはレースのカーテン。右側を向くとちょっとしたテーブルと小さめの液晶テレビ。左側は白い壁だった。そして、今私がいるのはどうやらベッドの上らしい。絨毯が低い位置にある。
 「なんで?」
 時計の指す時刻は午前九時。テレビを点けるとき朝のワイドショーや韓国ドラマが放送される局もある時間である。とりあえず、ベッドから下りて近くにあったスリッパを履いて部屋を眺める。
 「どうしてここにいるんだ?」
 部屋の大きさはビジネスホテルのシングルの広さだと思う。値段で言うと一泊七、八千円くらいだろうか。ごく普通のビジネスホテルの一室だった。
 少し眠気があったので、洗面所に行き顔を洗おうとした。だが、鏡を見たときに気づいた。
 「私、Tシャツなんて着てたか?」
 服が替わっていたのだ。私の記憶にある限りではスーツを着ていて、フォーマルな格好のまま意識を失ったはず。そのままであるはずなのに今は白いTシャツを着ている。
 顔を洗ってまずは眠気を覚ました。ベッドの前に戻り、再び部屋の中を見渡す。
 「それに、今が何時で何処なのかも分からないし……」
 深く深呼吸を一回して、冷静に考える。部屋のいすに座って携帯電話を開く。そこで、ある一点の所で凝視する。
 「今日は八月三日だったか?」
 携帯の待ち受け画面に日にちと時刻が表示されている。『08/03 AM 09:07』と。通夜があったのは確かに八月だがそれは下旬のことなのだ。八月三日なんて大学の春学期がひとまず終わって夏休みに突入という時期。
 それに、今は秋のオンリーイベントに向けて大学のサークルの友達と制作をしているんだ。そこまで思ったけど、八月三日という所で明らかにおかしいと思っていた。携帯の本体設定のメニューまで操作する。すると、


 「さ、三年前だと……!」


 八月三日という所でまさかとは思っていたが、まさか本当だったとは。驚きのせいで私はイスごとひっくり返った。まさか、
 「タイムスリップってあるのか……」
 笑ってしまうかもしれないがこれは本当だ。頬をつねっても、どんなに強くつねっても痛いということには変わりなかった。
 アニメでも最近はあまり目にしなくなったタイムスリップ。まさか、この身で実体験する日が来るとは思わなかった。少しだけ憧れなんてあったけど、実際にそうなると何だか複雑な想いで一杯だ。某幻想殺しさんにぶっ殺してほしい幻想だと思った。
 「どうすれば帰れるんだ! そうか、また寝ればいいのかっ!」
 思い立ったらすぐ行動。私はベッドの上に仰向けになって、すぐに目を閉じる。
 「……」
 目を閉じれば自然と眠くなってくる。と思っていたけど、さっき顔を洗ってしまったせいか眠気などは出るわけもなく、
 「寝られないな」
 再び体を起こす羽目になった。てっきり意識を失って三年前に来たのだから、寝れば三年後に戻ろうと思ったんだけどそう単純ではなさそうだな。
 髪を無性にかく。寝ることが出来ないとなるとどうすればいいのか。何か帰れる方法がどこかに隠されているのだろうか。今一度、部屋の中を歩き回るとテーブルの上に一枚のチラシと傍らにはポシェットがあった。
 「これは、ムラサキノヤカタのチラシじゃないか」
 三年前、私がムラサキノヤカタに入居したときに見たチラシと一緒である。『執事付き!』という宣伝文句に釣られてしまったことが、今思うと何だか微笑ましい。
 ムラサキノヤカタのチラシがあるのも謎であるが、どうしてここに私のポシェットまであるんだろう? 私はポシェットを開けて中を確認してみる。
 「分厚い財布だな……」
 革の財布には万札がぎっしりと詰め込んであった。ざっと二十枚くらいは入っているだろう。あとは、銀行の封筒が入っていてその中には現金が数十万円ほど。それと、なぜか絵を描くときに使っている鉛筆など、バラエティーに富む内容だった。
 これだけお金があって、ムラサキノヤカタのチラシがあるということは、私が行く目的地はただ一つ。ムラサキノヤカタに入居して、一人の住人として生活をしていくことだ。しっくりこないけど。
 「そうと決まれば、さっそく行くか……」
 なぜ鉛筆などが入っているのかは分からないが、一応ポシェットにしまってチラシを持って部屋を出ようとした時である。先ほどは気づかなかったが、ドア側に少し大きめなバッグが置いてある。
 持ってみると、持ち運べる重さではあるがかなり中身があると推測できた。チャックを開けて中身を確認すると、主に衣服や下着……なるほど、これで着る物は何とかしろってことなのか。私はそれを持って部屋を出て、チェックアウトも無事に終わらせた。


 三年前は猛暑だったことを思い出していた。
 炎天下の中、重い荷物を引っさげてムラサキノヤカタに向かって歩いているところである。昨日のスーツ姿だったら確実に熱中症で倒れてたな。
 都会のビル街にこの荷物で歩くのは辛い部分があるので、私は住宅街の方に行けそうな道を歩いていた。
 「それにしても暑いな」
 八月上旬は一年で一番暑い時期。一応、現代の夏を体験したつもりだったけど、それは甘く見ていたようだ。そして、いつも涼しい空間で過ごしていたということを実感していた。
 そんな身体なのか体力の消耗が早い。早めに水分補給がしたいところだけど、近くに公園はない。住宅街に入ると自動販売機を見つけるのも苦労する。早めに自動販売機かコンビニでも良いから飲み物にありつきたかった。
 「はあっ、はあっ……」
 足運びも悪くなってきて、腕の力も段々となくなっていった。荷物はただフックに引っかけてあるような感じだった。汗を腕でぬぐい、ただ前に歩く。数分後、ようやく自動販売機を見つけた。
 「どれにしようかな」
 まだお金も入れていないのに、自然とボタンに指が行ってしまう。ラインナップを確認すると幸いなことに五百ミリリットルのストレートティーがあった。私は迷わずそれを買い、ごくっ、ごくっ、と半分ぐらいまで一気に飲んだ。
 乾ききった場所に潤いを与えた。よく、砂漠のオアシスって言うけどそれは分かるかもしれない。水というのは他に取って代わらないものだからな。
 気づけばもう住宅街に入っていた。閑静な雰囲気であり、この暑さのせいなのか道ですれ違う人はほんの数人程度である。
 自動販売機で買ったストレートティーを頼りにして、重い荷物を持ったままムラサキノヤカタがようやく見えてきた。蜃気楼ではないかと一瞬疑ったが、間違いなく本物である確信した。
 「よし、あと少しだ」
 目標地点が見えると途端に歩くスピードも速くなる。ムラサキノヤカタの玄関までテンポ良く歩いた。


 「すみませ~んっ!」


 と、玄関を入って大きな声で人を呼んだ。荷物を置くと、私は疲れと安堵のため息を深くついた。
 この頃と今。やはり変わっていない。それはきっと、綾崎くんやマリアさんのおかげなのだろうと実感する。変わったというと、この頃の方が生活の雰囲気が溢れていたということだ。
 「はい、どちら様ですか?」
 綺麗な女性の声。奥からこのアパートには似つかぬメイド服を着た女性が姿を現す。マリアさんである。
 「あっ、ええと……」
 ここで本名を言ってしまったらきっとおかしくなってしまう! 春風千桜はこの年の五月からずっと住んでいるのだから。さあ、どうしようか。
 「ここに入居を希望する方ですか?」
 「は、はい」
 「そうですか、私はこのムラサキノヤカタのメイドでマリアと言います。あなたの名前は?」
 「ええと、さ、さく……桜庭(さくらば)ハルミです」
 適当に名乗ってしまった。何だか春で植物っぽい名前だなと自分のネーミングセンスに首をかしげる。
 「桜庭さんですか」
 「あの、別に私のことはハルミと呼んでもらってかまいません」
 「うふふっ、そうですか? それではハルミさん」
 「はい」
 何だかマリアさんはこの頃からあまり変わっていない気がする。といっても、その変わりないというのは限りなく良い方である。
 「あなたは学生さんですか?」
 「は、はい。大学生です」
 「そうですか、それにしてもどうしてこんなアパートに?」
 「ええと、ですね……」
 まさか元の時代に帰るためですなんて言えないし。それに、この少ない荷物のこともどうにか説明しなきゃいけないし。
 「一人暮らしをしてこい、と」
 「どういうことですか?」
 「いや、この夏休みの間だけでも一人暮らしをして生活をする術を身につけろと親に言われまして。それで、このチラシを父親が偶然にも見つけて」
 そこで、あの部屋に置いてあったチラシを取り出し、マリアさんに手渡す。
 「このチラシ、まだあったんですか……」
 「どこかの掲示板に貼ってあったのを頂戴してきたそうです。これは良い物件だって」
 「“都内唯一の執事付き”というところでですか?」
 「はい、執事付きなら何かあっても大丈夫だろうと。夏休みの間一人暮らしをしてみて良かったらそこに住み続けても良いし、嫌なら帰ってきても良いと言われました」
 「お父様も苦しいご判断だったでしょう。娘さんを一人暮らしさせるなんて」
 「いえいえ、そんな……」
 我ながら良い理由であったことを自賛する。マリアさんも納得してくれていて、私の話すことに自然に頷いてくれている。
 「一応、夏の間の衣服と金銭は荷物で持ってきたんですが、住める部屋はありますか?」
 「ええ、家具が揃っている部屋がありますので大丈夫ですよ」
 「そうですか、ありがとうございます!」
 私は深々と頭を下げる。これで、まずはこのアパートに住むことはできそうだ。何だか違和感がありまくりだけどな。
 「ここのアパートにはハルミさんと同じくらいの歳の人たちが多いんですよ」
 「へ、へえ……意外ですね。少し古めなアパートなのに」
 そうでしょうね、分かってますよ。その中の一人は私なんだから。
 「一応、私以外の人は皆高校生です」
 「私以外ってことは、マリアさんは高校生ではないんですか?」
 「はい、既に高校は卒業しています。白皇学院は知っていますか?」
 「ええ、あの優等生とお金持ちの集まりの学校ですか」
 「やはり世間ではそう見られているんですね」
 世間ではって言うけど、白皇学院に通っていたときはそんな人しかいなかったぞ。ヒナギクみたいに何でも天才な人か、瀬川さん達みたいに学業は乏しいけどお金持ちの人もいたし。意外と私みたいな人は少なかったかもしれない。
 白皇学院の生徒なのに、アパート住まいでバイトをやっていた自分みたいな人なんて。まあ、高校二年の春から……つまり、この年の春からはナギや綾崎くんも同じ部類に入ったけど、二人はそれまでは三千院家のお嬢さまとその執事なんだ。
 「すみません、失礼なことを言って」
 「いえいえ、かまいませんよ。私も生徒の頃は面白い人がたくさんいると思いましたから」
 あなたもある意味面白いですよと言ったら負けだろうか。負けだろうな。マリアさんは「上がってください」とスリッパを差し出す。
 「ありがとうございます」
 「外観からしてみると、意外と中は綺麗でしょう?」
 「ええ、そうですね」
 綾崎くんとマリアさんが掃除好きなのは知っていた。きっと、このアパートを開くまでは色々と大変だったのだろうと、廊下に移る自分の顔を見ながら感じる。
 「お荷物重かったでしょう? お持ちしましょうか?」
 「いいえ、この位は大丈夫です」
 「うふふっ、そうですか」
 廊下を歩くと、やはり今よりも明るい感じがした。どことなく他人の生活の匂いがして、忘れかけていた雰囲気を感じつつあった。
 私が案内されたのは廊下を歩いて一番奥の部屋。奥ということもあってか、今私が住んでいる部屋よりも幾分広く感じられる。
 そして、マリアさんが言っていたとおり家具も一通り揃っていた。ベッドに箪笥にちょっとした本棚に。しかもベッドは清潔に保たれている。これはここで住む人にとっては嬉しい特典だろう。
 「綺麗ですね、やはりマリアさんと例の執事さんが?」
 「ええ、入居してもらい始めてから気持ちよく生活してもらいたいと思いまして」
 「とても嬉しいです、これなら一人暮らしも何とかなりそうです」
 「それなら何よりですわ」
 おまけに小さなテーブルまで用意されている。私はポシェットをテーブルの上に置き、衣服などが入ったバッグをベッドの上に置いた。
 「水道とガスは通っているので、お料理は今日からしてもらってかまいませんよ」
 「ええ、分かりました」
 「ということは食材を買って来なきゃいけないのか……」
 「今日は私が作ります。あなたの入居記念に」
 「いいんですか? 何だか悪い気がして……」
 「いいんですよ、私の職業は人に仕えることです。そして、その人達に気分良く生活をしてもらうことを第一に考えています。なので、今日ハルミさんは歓迎されたお客様のように、伸び伸びと過ごしてください」
 と、優しい瞳を向けられながら私にそう言ってくる。時々胸が痛くなったが、せっかくのマリアさんのご厚意に甘えないのは失礼かもしれない。
 「色々と申し訳ないです。それとこれからも色々とお世話になるかもしれませんが、よろしくお願いします」
 「はい」
 早くも今、ここに立っていることを受け入れ始めているのか。私はマリアさんに手を差し出し、握手を交わした。


 部屋を販売する前につけたというエアコンをつけて、暑かった部屋の中を涼しくする。荷物を整理するのにも快適な空間の中でできた。といっても、少しある衣類を整理したりするだけのことだが。
 三年前に私が入居したときはどうだったかは覚えてないけど、今のこの部屋は入居したてではありがたい環境である。エアコンはあるし小さめの液晶テレビもあるし。PCは無くともそれなりに生活ができそうな気がする。
 「ハルミさん、どうですか?」
 「ええ、大分整理し終わったので今日はゆっくりしようかと思います」
 とは言ってもこれから未来に帰る方法も見つけなきゃいけないし、やっていかなきゃいけないことはある。何故あの部屋にこのムラサキノヤカタのチラシが置いてあったのか。それも、きっとここで生活していくうちに分かってくるだろう。
 「エアコンの調子も良さそうですね」
 「ええ、壊れてたりしていたらどうしようかと思いましたよ」
 「そうしたら私とナギの部屋に来ますか?」
 「……そこまで広くないでしょう?」
 「あらあら、入居早々に痛いところを突いてくれますね」
 一瞬殺意が湧いたように見えたがそれも気のせいだろう。マリアさんは笑顔のまま私の顔を見続ける。ああ、このまなざしが痛く感じる。
 「あなた、誰かに似ている気がするんですが」
 「どきっ!?」
 痛く感じたのはそのせいか、これはやばいぞ。三年経ったと言ってもこの頃の千桜の面影は普通に残っているのだからな。
 「き、気のせいじゃありませんか?」
 「いえ、誰かに似ていますよ。その髪の色と声色だって」
 たしかに、この三年間で声変わりをするようなこともないし、特に髪を染めようとも思ったこともないし、もしこの時代の千桜と並んだらそこでアウトだ。
 「たぶん、ナギやハヤテくんとの知り合いの方だと思うのですが……」
 「むむむっ」
 ていうか、この口調だと明らかにその似ている人物=三年前の私って分かってるだろう。それともまだ分かっていないのか?
 「そんなこともどうでもいいじゃないですか」
 「いいえ、この何か引っかかった感じ。私はこのままにしておくわけにはいきませんわよ!」
 「どうしてそこまでこだわるんですか……」
 「あの、ハルミさん。私に何か隠し事でもありません?」
 「……どきっ!?」
 まあ、きっと何か別の方向でだと思うけど、やっぱりマリアさんは洞察力と推測力ともしかしたら勘もすごい! まさか私が千桜だってバレないよな?
 「その反応は何か隠しているんですね?」
 「そんなことあるわけじゃないですか」
 「正直に話さないと、お・し・お・きですよ?」
 未来から来た事なんて絶対にばれない自信があるのに、どうしてここまで焦ってマリアさんの前で冷や汗をかかされてるんだ?
 私はメガネを外して、持っていたコンタクトを付ける。たぶん、これで私が千桜であることがばれる可能性は減る。
 「何もありませんよ。強いていうならパソコンあれば良かったななんて贅沢なことを思ってしまったことだけですよ」
 「そうですか?」
 「ええ、わがままを言ってしまってすみません……」
 「パソコンは自分で買ってください。インターネットには繋げる環境はありますから。今は春風千桜さんというここに入居している女子高生が使っているので」
 と、私の名前を口にした瞬間にどうやらマリアさんはひらめいたようだ。そして、それはさっき私が思っていたことである。
 「そうです、春風千桜さんに似ているんですよ」
 「って、そんな人知りませんよ」
 自分の事を知らないって断言しなきゃいけないのが辛いけど、これも自然に会話をしていくためのこと。ていうか、今の感じだと本当に気づいていなかったようだな。
 「ここに住んでいる可愛い女の子ですよ」
 「ああ、そうなんですか」
 思わず顔をゆがめてしまう。今まで可愛いと言われたことはあっただろうか。白皇学院ではお堅いイメージを通してきたし、それまでの人と関わりのない環境になった大学生活ではそんなイメージも崩して、可愛いと言われることも少し多くなった気がする。
 「その人にはとても感謝しているんですよ。私の仕えているナギお嬢さまが一時、何もやる気にならなかったときに同人誌を作ることでやる気の出るきっかけも作ってくれた方ですし」
 感謝……か。ありがとうとは言われることはあるけど、感謝しているなんて言われたことがあるだろうか。思い返してみると、ありそうで意外となかったりする。
 「じゃあ、そのナギお嬢さんは同人誌を作っているんですか?」
 「ええ、私には理解の難しい作品なのですが」
 と、優しく笑って言う。たしかに読んでもらった覚えがあるけど、たしかにあれは理解しにくい部分が満載の話だった。
 「でも、その千桜さんのおかげで何とか分かる内容の作品になっていますよ」
 「へえ、そうなんですか」
 相当ひどい言われようだな、ナギ。マリアさんも色々と言えないことがあったんだな。それを私は自然と改善する方向に導いたのだろう。
 「たぶん、漫画やアニメで熱く語れたりするのは千桜さんぐらいですから」
 「その千桜さんも、きっとナギお嬢さんがいてくれて感謝しているんじゃないですか?」
 「そうだといいですね。少し言い争うような話し声も聞こえますけど、あれも好きなものの範囲内でということなのでしょうね」
 「きっとそうですよ」
 たしかに、ナギと知り合って最初の頃はアニメで大事なもので食い違っていた。それがいつの間にか、ルカの描いた同人誌を売るようになって気づけば隣に立っていた。それがナギだったんだ。
 「同じ趣味の中で言い合えることはとても良いことだなって、私は思います」
 「そうかもしれませんね」
 「じゃあ、ここにいればそんな会話も聞けるって訳ですね」
 「ええ、多分聞こえるのではないかと……」
 一瞬、マリアさんは口ごもった気がした。目線も私から逸らしているようだった。まるで、さっきの私のように。
 「ハルミさん」
 「なんですか?」
 「良かったらナギと会いますか? たぶん、今はゆっくり休んでいると思いますから」
 「休んでいる……何か仕事でもやっているのですか?」
 「ええ、あと十日ちょっとでやらなければならないことがあるみたいで」
 「それは大変ですね、この暑い時期に」
 まあ、仕事と私は訊いてしまったがナギはこの時は白皇学院の二年生だ。もちろん、バイトはあっても仕事なんてやってない。思い当たる節は一つだけあるが、まあそれは実際にナギを見てから確認しよう。
 「でも、涼しい部屋の中でやっているので全然大丈夫ですよ」
 「そうですよね、こんなに暑いんですから」
 「私とナギの部屋に来ますか? ナギが休んでいるようならアイスティーでも出しますよ?」
 マリアさんが部屋に入ってきて、少し時間が経ってようやく出た本題である。もちろん、断るはずがないだろう。
 「はい、お言葉に甘えて」
 部屋の電気を消し、廊下に出る。さすがに廊下までにはエアコンは付いておらず、一気に熱気が私を襲ってくる。正直、かなり暑い。
 「そういえば、よくマリアさんはその格好で暑くないですね」
 「ええ、慣れてますから」
 たしかに、汗一つかいていない。大丈夫ですかって言いたくなるくらい暑そうな感じを何一つ出していない。ロングスカートなんて暑そうだ。
 「でも、たまにはスカートの丈が膝くらいまでのものも履きますよ?」
 「夏仕様のものがあるんですか?」
 「ええ、ちなみに今履いているメイド服も生地は夏でも大丈夫なように、ちゃんと通気性も良くしてあるんですから」
 「へえ、そうなんですか。ちょっと失礼します」
 不意にマリアさんのスカートを触ってしまう。しかも顔を近づけて、スカートをまじまじと見てしまっていた。
 「ちょっとハルミさん!」
 「あっ、すみません」
 夏の薄い生地のせいか、マリアさんの足首が透き通って見えたことはここだけの秘密にしておこう。マリアさんは頬を少し赤くしていた。
 「ごめんなさい」
 「そんなに近くでも見られると恥ずかしいじゃないですか」
 「すみません、どんな生地なのか興味が湧きまして」
 本当は別の理由もあるのだが、半分はそれである。マリアさんは少し不機嫌になりつつも信じてくれたようで、何も言わずにマリアさんとナギの部屋の前まで案内してくれた。
 「ここがナギと私の部屋です」
 「そうですか」
 「じゃあ、入りましょうか」
 マリアさんは一応ノックをして確認をする。こんなところが何だか主従関係のような雰囲気を醸し出している気がした。
 部屋の中から「いいぞ」という何だか懐かしい声が私の耳にも届いた。マリアさんは私に笑顔で頷くとドアをゆっくりと開けた。再び涼しい空間と出会う。
 「マリアか、どうしたんだ? ノックなんてしなくてもいいのに」
 「今日はお客さんがいるんですよ」
 「客……? 伊澄か咲夜か?」
 「いいえ、今日から入居した女子大生の方ですよ」
 「女子大生か……」
 部屋に入り、ドアも閉まる。何だか、私の部屋よりも寒いのは気のせいだろうか。背筋が震えるような寒さである。
 部屋の中に金髪の少女はいた。ツインテールの長い髪が特徴的で、飛び級であるが高校生にはとても見えない。小学生と言ってもおかしくない。そんなお嬢さまが私の方を向いて少し不機嫌そうな表情で私を見て、言う。


 「私がこのアパートの大家、三千院ナギだ」
 「今日、ここに入居した桜庭ハルミです」


 私にとっては久しぶりの再会だというのに。不機嫌そうな顔で出迎えられるのは、少し不満であると同時に安心感を持ったのだった。


vol.3に続く。
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