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こんばんは、セカコンです。
現在も地震の影響は広がっているようです。

主に津波の被害が凄まじいようで。原発の件は何とかなりそうですが・・・。
安否不明の方が生きて見つかること願います。


さあ、1年ぶりのSS『HAPPY』のスタートです。
これから毎日更新していきますので宜しくお願いします。

一日一部ずつ読んでいくのも良し。
何日か我慢して一気に読むのも良し。自由です!


それでは、vol.1をどうぞ。
『HAPPY』


~PROLOGUE 夕暮れ~


 ――あっけなく消えるものってあるものなんだ。


 「ねえ、明日はどうする?」
 「ん? どうしようか?」
 女子学生の夏休みなんてこんな感じだ。特に恋人なんているわけでもないし、特に課題に追われているわけでもないし。平穏な日々を送る二年生なら、友人と遊んだりするためにこうして集まることも少なくない。
 「私たちが考えておくから、千桜は楽しみにしててよ」
 「何を考えているか見え見えなんだけど」
 私は外側だけで微笑む。確実に言えるのは、私よりも友人の方が明日のことで張り切っているということだ。
 「千桜ってさ、BLに興味があると思ったんだけど意外とヒロインとかけっこう好きだよね」
 「意外ってひどくない? 別に私はBLに興味はないが男だって好きになることだってあるんだ」
 まったくひどい「仲間」たちだよ。男だって興味はある、今やそれは二次元に限ってしまったのだが。操り人形のように動かせるんだから。
 「明日、じゃあまた大学で!」
 サークルのリーダーが私に感づかれないようにと強引に解散させた。ていうか、既に何を考えているのかはバレバレなんだが。
 私の所属するサークルは大学では漫画同好会として籍を置いている。なので、大学内でのサークル活動は問題ない。今年の夏コミはもう終わってしまい、作った同人誌は全て完売という目標をついに成し遂げた。


 「やけに今日は涼しいな」


 年々と猛暑日が増える中で今日という日が珍しい。晴れているのにもかかわらず真夏日にならず、夕暮れとなった今では少し身震いしている。暑さに慣れてしまったのか、二十度台前半でもかなり涼しく感じる。
 「何時に行けばいい?」
 私はサークルのリーダーに訊いてみる。
 「う~ん……分かんないな。追って連絡するよ」
 「そっか、ありがとう」
 どうやら向こう側の事情もあるらしい。ここは何も考えずに明日を待つことにするか。来なそうで恐い気もするが。
 「それじゃ、今日はこれで解散!」
 改めてリーダーの一言で今日の活動は終わりとなる。夏コミが終わったため次なる目標は冬コミというサークルも多いが、秋に開催される漫画のオンリーイベントも多く、それを次の目標にするサークルも少なくない。
 十月の始めにあるオンリーイベントに向けて、これからの夏休みの空いている時間は全て同人の方に費やすことになった。趣味の時間が少なくなるのは惜しいが、もうこれも趣味になりつつある。だから、全然嫌じゃなかった。
 「お疲れ様でした」
 私はそう告げると、一人で帰り始める。大学からは歩いて十分ほどのアパートに住んでいる。なので、徹夜で活動しなければならない時は私の家に来ることもしばしばある。
 周りは住宅街で、人気も少なくなってくる。所々の家で電気が点けられていて、ある家からは夕飯らしき食べ物の匂いも漂ってくる。でも、私の住むアパートにはこのようなものは無くなってしまった。
 『ムラサキノヤカタ』と書かれた少し古い表札のある玄関を通ると、三十年以上前に建てられた木造の建物が私を迎える。
 「ただいま」
 そう言って電気を点けることも、もはや習慣となってしまった。最初は寂しさもあったが、今はそんなことは当たり前だと受け入れている。
 そんなこのアパートは常に綺麗に保たれている。どうやら、このアパートの家主の執事が今も一定の間隔で掃除をしてくれているそうだ。
 「今日掃除したのか、相変わらずよくやるな……」
 それが執事としての粋な計らいなのか。それとも習慣としてやっているのかは分からない。そんなことを思いつつ、私は自分の部屋に入る。
 「ただいま」
 同人活動を大学でやっているせいか、部屋の本棚の同人誌の割合もより多くなった。その横には画材などが置いてあって、私も絵を描くようになってやっと人に可愛いと思えるくらいの画力になった。
 今夜も何か絵でも描こうか。それとも溜まっているDVDでも観ようか。でも、まずは夕飯を作って食べることだ。私はそう決めると、机の上にバッグを置いてエプロンを取ろうとしたその時だった。
 「ん? 留守番電話が入ってるな」
 携帯で十分なのだが、大学の教授・講師や旧友などの連絡などで色々と固定電話も必要だと思って置いているが、実際、留守番電話などほとんど無いのである。
 だからなのか、赤く点滅している留守番電話ボタンを押すのに少し指が震えた。私は静かにボタンを押してみる。
 『1件の着信です』
 着信音が鳴る。どうせまたくだらないセールスか、もしくは娘の声が聞きたいと両親が電話で催促するかどっちかだと思っていた。だけど、
 『お久しぶりです、綾崎ハヤテです』
 「……!」
 一番聞きたくない人間の声が入っていた。その瞬間、私は指から全身へ震えが広がっていく。またどうして、彼の声がここに入っているのか。
 『お元気ですか。今回は、千桜さんにも伝えておいた方が良いと思い電話をさせてもらいました』
 私に伝えなければならないこと? 彼の放つ次の言葉は私の全てを震撼させる。


 『昨日の夕方に咲夜さんが亡くなりました』


 その時、既にもう何も聞こえなくなっていた。咲夜さんが死んだ……? 一体どうして? どのようないきさつで? それは彼の伝言に入っていたかもしれないが、聞く余裕なんて存在しなかった。
 『なので、通夜は今夜七時から――――』
 そして気づいたときには、通夜は今夜七時からで告別式が明日の十一時からだということだけが分かっている状況だった。
 『お時間があればぜひ来てください、ヒナギクさんなど会いたがっている方もたくさんいらっしゃいますので』
 最後はそんなセリフだった。私にとってはとても嫌なセリフでしかない。ただでさえ、大学に入って一年半も音信不通でここまで来ることができたのに。こんな形で蘇るのかと思うと何だか逃げたくてしょうがない。
 それでも何だか行かなければならない気がした。私のやりたいことは今の電話で失ってしまったのだが。
 「喪服か……」
 三年前、家が火事になったとき多くの物が焼けてしまった。そういう時でないとあんまり出てこないのが、昔着ていた衣服。お母さんが昔着ていた黒いスーツがあった。渡米してしまった両親が持って行きたくないからと、ここに勝手に送られた。
 そんなスーツが役立つときが来るのかと思っていなかったが、ついにその時が来たみたいだな。急な通夜なので別に黒いスーツでも良いだろう。ちなみに、下はスカートではなくズボンである。
 「……サイズ合うかな」
 母親は特に太っていたわけでもないし、少し背が私よりも低いくらいだ。とりあえず着てみるのだが……。
 「胸がきつい……」
 流石に第一ボタンまで締めるとなると、胸がきつくて途中でボタンが飛んでしまいそうな感じだった。だから第一……第二ボタンまで開けていいか、夏だし。
 他にも真珠のネックレスや数珠など、意外と日本に残しておいて正解な代物まであったのでその点については問題なかった。黒い小さめのポシェットに必要な物を入れて行く準備は出来た。
 「今日はイラストもアニメもできそうにない、な」
 コップ半分くらいの水を一口で飲み、私は部屋を見回してそのまま部屋を出て行く。
 「行ってきます」
 誰もいないけどこれがもはや習慣となってしまっている。アパートの玄関の電気を消し、私はすっかりと日が暮れた夜の道を歩き出した。


 愛沢家の屋敷が近くなるにつれ、喪服を着る人間がたくさん見かけるようになった。だが、それは大人が大半で学生の姿はほとんど見えない。これも財閥の娘の通夜のせいなのだろうか。
 敷地の入り口に近づくと、「賑やか」だった。この場を借りてたぶん多くの人は知り合いと話しているのだろう。所々で聞こえる笑い声が耳障りになって仕方なかった。
 「……やってるみたい、だな」
 時間は七時を回っていた。さすがに全員が入れるわけでもないから、焼香の時間まで外で待つ人が多いんだろう。どうしようか、ここで待っていようか。
 迷っていると、右手の方では咲夜さんの思い出のホームビデオらしきものをやっていた。たぶん、生前の咲夜さんの映像を編集してそれを流しているらしい。流石にやることが違う、っていうかやっていいものなのか。
 「咲夜、さん……」
 自然と足はそっちの方向に動いていく。かわいい幼少時代の咲夜さんの姿を映像越しで確認したところで、思わぬ人物と出会ってしまう。
 「あら、千桜さんじゃないですか」
 「マリアさん?」
 メイド服を着ていなかったが、マリアさんであると分かった。三年前とは変わらない雰囲気を持ちながらも、すっかりと大人になっていた。
 「今日は来てくださってありがとうございます」
 「いえ、こちらこそ……お久しぶりです」
 「お久しぶりです、たしか……三年ぶりでしたよね」
 「そうですね、マリアさんは変わらずにメイドさんやっているみたいですが。ナギは元気ですか?」
 「ええ、元気ですよ。無事に大学にも合格して、まあ私生活は相変わらずですが」
 マリアさんの笑顔はやはり癒しになる。三年前のあの時も、マリアさんに助けられていた部分があった。私はつい、こぼれ落ちてしまう。
 「千桜さんは?」
 「あっ、いえ……私は女子大に合格して、今は大学の友人とサークル活動でけっこう楽しくやっているところです」
 「そうですか、ならいいんですよ」
 「えっ?」
 「いえ、なんでもありません。それにしても咲夜さんは残念でしたね」
 「……そう、ですね」
 私とは違ってマリアさんはあれから今まで通り、ナギや綾崎くんを通して咲夜さんに接してきているだろうから、さぞ悲しいだろう。
 「ナギは昨日、ずっと泣いていましたわ」
 「それはそうでしょう、小さい頃からの幼なじみなんですから」
 「ハヤテくんと話していたのですが、やはりあなたにもこの事を伝えた方が良いのかと思いまして、ハヤテくんに伝言をさせましたが……」
 「いえ、気になさらないでください。さすがに亡くなったということを知らない方が、私もそれは気分が悪いので」
 「良かったです」
 と、安心そうな笑顔を見せてくれた。マリアさんは建物の方に歩き出し、私はマリアさんの後についていく。
 「それにしてもすごい人ですね」
 「ええ、咲夜さんのお父様の関係者の方々を筆頭にして、千人は来ているのではないでしょうか」
 「千人ですか!?」
 「ええ、咲夜さんにお会いしたことがある方ばかりですから、今日のお通夜に来る人は多いのでしょう。後は多くの人と話すという意味もあると思いますよ」
 「そうですよね、そういう人たちはそちらの方がメインですよね……」
 だけど、マリアさんは違う。だから今、少し悲しそうな顔をしたのだ。屋敷の中に入ると、次第に若い女性を見かける頻度が増えてきた。
 「咲夜さんのお友達ですか? 見たことのある制服がありますけど」
 「ええ、ご友人の方や後輩の方達など。咲夜さん、七月まで普通に学校に通っていたそうですから」
 「そうなんですか」
 「終業式までとても明るかったみたいで、クラスメイトの皆さんには自分の持病のことを伏せてあったみたいです。知っているのは担任の先生と校長先生だけだったらしいですよ」
 「へえ、意外ですね」
 「え?」
 私は三年前まで彼女のメイドをしていた。あの時と性格が変わらなかったのなら、あの時もたくさん友人ができていたはず。私が仕えているときは、友人として咲夜さんと交流しているのを見たのはナギと伊澄さんぐらいしかいない。
 「私がメイドをしていたときは、そんな雰囲気は全く感じられませんでしたが」
 「どういう意味ですか?」
 「私がいたからかどうかは知りませんけど、咲夜さんはナギや伊澄さんぐらいとしか関わっているのを見たことがなかったんで」
 「そうですね、でもあなたも分かっているとおり明るい方でしたから、学校ではたくさん友達を作っていたそうでしたよ」
 「元々普通の女の子ですもん、ね……」
 咲夜さんのことに関する全てのことが、もう過去形としてしか話せないのが何だかやるせない。だけど何か噛み切れないものがある。
 「どうします? もう焼香の時間も始まっているみたいなので、一緒に会場の方に行きますか?」
 「……そこには誰がいるんです?」
 行くと聞かれた瞬間に起こった全身に伝わる震え。私は恐れていることをマリアさんにもう既に言葉に出していた。
 「誰かといいますと?」
 マリアさんはふっと笑って、私に首をかしげる。
 「いえ、会長とか瀬川さんとか来ているのかなって」
 「ええ、来ていますよ。ナギと介してですけど、たまに会っていたそうなので」
 「そうですか」
 ああ、何だか足を動かすのも重くなってくる。私はこの通夜に来ること自体に後悔を感じ始めていた。
 「……会われますか?」
 「……」
 一番聞きたくない誘いだった。あの時の自分はもういないと思っていたのに、また連れ戻されるような感覚を感じ始めていた。いや、もう連れ戻され始めていると言った方が正しいのかもしれない。
 ここに来ていることは、今まで塞いでいた穴を再び開けたような感じだった。その穴は暗く、深く、底が見えない。何だかマリアさんが手先のように思えた。マリアさんが手を握ってきたその時、私は不意に力を込めて振り払った。
 「……ごめんなさい、ちょっと考え事をしてしまって」
 「……千桜さん、今も抱えているのですか?」
 「そんなことないですって。あのことには自分で踏ん切りを付けましたし、今はそんなことを気にしない生活ができてますから」
 「だったら、行きましょう」
 それでも、私の足は拒んでいた。たぶん、私がどう思っているのかは全てお見通しなのだろう。だけどマリアさんは怒る表情は全く見せなかった。
 「お焼香だけなら」
 「それでも全然構いませんよ」
 渋々出した答えにも、マリアさんは文句を付けなかった。


 ホールに入ると、正面の咲夜さんの遺影写真がすぐに目に入ってきた。周りに白い菊の花、そして両サイドには三千院家を筆頭とした私も知っている財閥から送られた花が献花されていた。
 「たくさん人がいますね」
 「ええ、一般の方の焼香が始まって数分くらいですから」
 去りゆく人の中には、無表情であったり泣き顔であったり。とりあえず分かることは、やはり財閥の娘が亡くなるってことは相当大きな事なんだと言うこと。
 焼香の列に並ぶ。私の前に並んでいるのは、たぶん咲夜さんと同じ学校と思われる生徒さん達である。生徒さん達の背が低かったおかげで、ホール内を見渡すことができた。
 中央に通夜をしてくださっているお坊さんが経を読んでいて、右手の方には喪主である咲夜さんのお父さん、咲夜さんの弟さんや妹さんもいた。愛沢家の人間がこちら側に座っている。左手の方には親族の方達が座っていた。
 私のいる場所の両脇にある席が一般席だった。そして、見つける。右側の一般席に青髪の青年と金髪の少女。また、かつての赤髪の生徒会長など後ろ姿ではあるが、見覚えのある面子が最前列に座っている。
 「私が右側に並んでいますよ」
 「あっ、その……すみません」
 「いいえ、あまり顔を合わせたくない気持ちも分かりますから」
 私はそれでもすみませんとマリアさんに謝った。私は並んでいる最中、右側の最前列にしか視線をやることはなかった。時々こちらを見てくる、その度にぞくっとする。たぶん、マリアさんのことを見ているのだと思うけどそれでも恐くて、気づくと冷や汗が額ににじみ出ていた。
 焼香をするのが近づくにつれて、慣れない線香の香りに呼吸を苦しめさせられる。喉が痛くなってくる。隣をちらりと見ると、変わりない笑顔。
 「辛いですか?」
 「はあ、何だかこういうのは慣れていないんで」
 「慣れていないのが普通ですよ。私も少し辛いですし」
 「全然見えませんよ、さすがです」
 「ふふふっ、メイドなので普段も笑顔を絶やさないようにしていますから。どんなことがあっても、悲しい表情だけはしません」
 「……」
 たぶん、それが出来ているんだと信じることができる。きっと、咲夜さんが亡くなったと知ったとき、ナギが号泣した側でマリアさんも泣きたかっただろう。でも、泣かなかった。泣く気を殺して、ナギを包むことをした。だから今、ナギはああして普通にいることができるんだ。
 「咲夜さんが亡くなったことを知っても?」
 「……ええ」
 それに比べると、自分っていう存在はどれだけ小さいかというのが分かる。たぶん、こうして今左側に並んでいることも、その小さいことの表れなのだろう。
 「泣いたとしても仕方がありませんからね」
 「どういうことです?」
 「あなたもメイドをしていたのなら分かるでしょう?」
 「……」
 「それに、あの時は私の分までナギが泣いてしまいましたから」
 「そんなに泣いてたんですか?」
 「ええ、それはもう……ハヤテくんと一緒に慰めてようやくですよ」
 「……私は泣く気さえ起こりません、なぜなんでしょうか?」
 私は少し笑い口調でマリアさんに訊いてみる。そんな口調で訊いたからか、マリアさんも笑って答える。
 「大人になったってことじゃないですか?」
 「そうだといいんですけどね」
 だが、心の中でため息をつく。焼香の番が次になった。私はポシェットから数珠を取り出し、左手に持つ。右側をちらりと見ると、何だか高そうな数珠をマリアさんは左手に持っていた。
 「高そうな数珠ですね」
 「いえいえ、昔から三千院家から伝わっているものですから」
 「マリアさんはこのような類の式典には参加するのですか? 外でたくさん人がいたので、偉い方が亡くなったときとかはよく行くのかなって」
 「いいえ、そういう式典には帝お爺さまが行かれますし。一年に一回程度ですよ」
 「へえ、そうなんですか」
 「さあ、私たちの番ですよ。千桜さん」
 「……はい」
 私たちの番になる。遺影写真がこちらに迫ってくるようだった。写真の手前には、咲夜さんの遺体が入っているだろう棺がある。お坊さんは未だに経を読んでいた。
 香を右手の親指、人差し指、中指でつまんで自分の額の近くまで持ってきて、香炉にくべる。それを三回やるのが一般的らしい。私はそれを一回一回丁寧にやる。香を額に持ってくるとき、目を閉じ咲夜さんの顔が浮かんだ。
 「……」
 手を合わせ、他人よりも長く拝んだ。さて、これからどうしようか。全く先の事を考えていない。


 焼香を終え、線香の匂いがきついホールから外に出た。新鮮な空気の下で一回、深呼吸をして気分を落ち着かせる。
 「今日はありがとうございました、千桜さん」
 「いえ、するべきことをただしただけですよ」
 「これで咲夜さんも喜んでくれるんじゃないでしょうか」
 「そうだと良いんですけどね」
 正直、そんな気は全く起きない。焼香をしているときに思い浮かんだのは、明らかに悲しそうな表情だった。二回目、三回目とその表情は崩れていった。
 「焼香が終われば、通夜も終わって……咲夜さんと対面することが出来ますが、どうしますか?」
 「……でも、皆さんがきっと周りに集まるでしょう?」
 「そうですわね」
 「あ、あの……今日、私が来たことは他の人にはあまり言わないで欲しいのですが」
 「ふふふっ、分かっていますよ」
 と、マリアさんは人差し指を唇に当てて答える。あぁ、可愛いなと思えるのはもうここまでだった。
 「どうしましょうか、とりあえず……このメガネとカチューシャでもつけておいてください」
 「えっ、はっ?」
 今までどこに隠しておいたんですかと突っ込みたくなるような早さでメガネとサングラスを出し、私に押しつけるように手渡す。
 「これをつけて咲夜さんに会えと?」
 「……できるだけ可愛い方がいいじゃないですか」
 正直、そんな気分じゃない。とか言ったらさすがに悪いと思ったので、渋々了解してこういう場では合わない赤系統のフレームのメガネと、水色のカチューシャをセットした。
 「一応、私はスーツなんですが」
 「あら、可愛いと思いますけどね」
 それでも私は苦笑いを通した。まったく、マリアさんは私をどうしたいのだろうか。カモフラージュにしては何だか初歩的な感じがする。
 焼香を済ませた人が続々に出てくる。若い男性が数人こちらを見て目を輝かせていたが、それはマリアさんを見てのことだと思いたい。
 そして、十分後。焼香を済ませた一般人の姿も少なくなったところで、お坊さんが帰っていく姿が見える。ホールの中を覗くと、綾崎くんとナギを筆頭にした人間が棺の周りに集まっていた。
 「おーい、マリア! ちょっとこっちに来てくれ」
 「はい、ただいま」
 私は咄嗟にホールを背にした。ナギがマリアさんのことを呼んだのだ。マリアさんは小さく「大丈夫そうな時に来てください」と素早く耳打ちをして、ホールの方へ行ってしまった。
 だが幸いなことに、ナギ達意外にも大人達がまだ残っていたので、私はホールの中に入って様子をうかがっていた。
 聞こえてくるのは、楽しそうな声ではないがけっして悲しみに包まれたような声でもなかった。この声はどう思って発せられているのか、想像しただけで頭が痛くなる。
 「菊の花ばっかりだな……」
 有名人が亡くなって、通夜の場面が放送されるときの祭壇のような感じである。見ると、有名な財閥から献花されているのが分かる。
 棺の方からナギ達が離れていくのが見えて、一般人が棺で小さく開かれた扉から咲夜さんの顔を見る人がいた。絶句する人もいれば、声には出さないが涙を流す人も見受けられた。
 大丈夫そうなときにと言われたのだが、なかなか足が動かない。三年間封じ込めていた感情が、今、解き放たれそうな感じがしたからだ。だが、ここで止まっていては何も起こらない。意を決し私は棺の前に立ち、咲夜さんの顔をそっと覗いた。


 「……っ!」


 この瞬間、何か崩れるような音が脳内に響き渡った。目の前に見えたのは、咲夜さんの白くまるで今にも目覚めそうな顔。病気ならば顔色が悪くてもおかしくないのだが、化粧が施されていてそんな気配すら見えない。しかし、ただ一つ。表情だけは綺麗ではなかった。
 「咲夜、さん……」
 写真で見ることと、実際の咲夜さんを見ることではまるで違った。私は咲夜さんと対面した瞬間、あの時のことを走馬燈のように思い出した。好きだった恋人を奪われ、そして希望を失ったあの日までのことを。
 そして、解き放たれた決してもう報いようのない感情を。気づけば、脳内に焼き付いたように鮮明に蘇ってくる。
 何も言葉が出ない、無意識に私は歩き出していた。もしかしたら、誰かにあったかもしれない。声をかけられたかもしれない。でも、私はそれに気づく余裕もなく家に戻っていった。


 「どうすればいいんだよ……」


 ムラサキノヤカタの自室に戻り、電気を点けることなく月明かりの部屋の中で必死に悩んでいた。この報われない思いをどうすればいいのか。
 「咲夜さんに言わなきゃいけなかったのに……」
 あの時のことを。私はどう思っていたのか。あの時のことを終結するには、咲夜さんに言うべき事があったんだというのは分かっていたのに。勇気をつけようと思ってもなかなかつけられずに、私はここまで持ち込んでしまった。
 「どうすれば……どうすれば……!」
 気づけば涙。そして、錯乱してゆく感情。ベッドの上に仰向けになると何故だか落ち着き小一時間、月明かりの天井を眺めていた。
 時計を確認すると、午後十一時を回っていた。そして、その時刻が分かった瞬間……私はあることを思いついた。
 「今から、咲夜さんに会いに行けばいい……」
 そう呟くと、私は箪笥から薬箱を出して錠剤の入っている瓶を取り出す。それをテーブルの上に置き、コップに一杯水をくんだ。
 「今だったらまだ許される、まだ今日だったら……」
 時計を今一度確認する。日は過ぎていない。そして、私は瓶を開けて一杯に入っていた錠剤の薬を全て口の中に入れて、水で強引に飲み込んだ。
 「はあっ……これで、咲夜さんのところに……」
 これだけ飲んでいるのだから、すぐに効き始める。もうろうとする意識の中で、私は何を考えたのだろうか。冷や汗が出て、まぶたが重くなって、そして体も言うことが聞かなくなった。


 「これで、会える……」


 視界は完全に真っ暗になり、私は見えない道を歩き始めた。


vol.2に続く。
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