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 会場内でもスタッフの方々がご丁寧に案内をしてくれた。
 そして、コスプレ参加者用の更衣室の前に辿り着く。
「じゃあ、ここで一旦お別れね。潤の着る衣装はこの袋の中に入ってるから。サイズは多分大丈夫だと思うわ。ちゃんと着ないと許さないんだからね」
「分かったよ」
 俺は瑠奈から少し大きめの紙袋を受け取る。
「着替え終わったらここで待つこと。分かった? つばさもよ?」
「う、うん。分かったよ。瑠奈ちゃんと水嶋君の衣装がどんなのか楽しみだな」
「そうね、とくと期待しておくといいわ。じゃあ、また後で」
 瑠奈は女子更衣室に入って行った。
「俺たちも着替えてくるか」
 俺は男子更衣室の方へ行こうとするが、つばさに服の袖をぎゅっと掴まれた。
「どうした?」
「ご、ごめんね。で、でも……ここで置いて行かれるとこ、困っちゃうよ」
 つばさが俺から目を逸らしているように思える。いや、正確に言うと男子更衣室の入り口からだろうか。恥ずかしそうにする仕草も可愛らしいな。
「置いていくわけないだろ?」
「うん、そうだけど。その……男の人が着替えているところを見るのは恥ずかしいし、それに……こんな格好だと女の人だって間違われるかもしれないから」
「なるほどな」
 そういう理由でつばさは入り口から目を逸らしていたのか。
 確かに、昨日……体育の授業があって男子は教室で着替えることになっているけど、つばさだけはいなかった。
 きっと、今みたいに恥ずかしくてトイレとかで着替えていたんだろうな。
「ごめんね。迷惑かけちゃって」
「別にいい。何となく俺と一緒に来た理由が分かった気がするから」
「えっ?」
 あいつはあいつなりにつばさのことを考えていたんだ。
 つばさのこういうところを知っていて、男である俺が一緒に行くことを前提でこのコスプレ参加を決行したんだ。女だったら俺の役目は絶対に遂行できないことだからな。
「じゃあ、つばさは目を瞑って俺の腕を掴んでろ。とりあえず人の少ない場所で着替えることにしよう」
「う、うん。お願いしていいかな」
「ああ、任せろ」
 つばさは俺の言うとおり、俺の服の袖をぎゅっと掴んだ。その仕草も女らしい。
 男子更衣室の中に入ると、幸いなことに人は少なかった。
 一番端がいいだろうと思い奥のロッカーの列に行くと予想通り、誰もいない。
「つばさ、目を開けていいぞ。誰もいないから」
「う、うん……」
 ロッカーが並んでいて、少し広めのスペースの真ん中に長いすがあるという構図だ。いたって普通な更衣室である。
「まあ、ここだったら何とか大丈夫だろ」
「そうだね」
「つばさは着替えを見られるのは大丈夫なのか?」
「……ご、ごめん。それも恥ずかしくてだ、だめ」
 そりゃそうか。見るのが恥ずかしいなら、同時に見られることも恥ずかしいもんだよな。やっぱり。
「じゃあ、互いに背を向けて着替えるか」
「そうしてくれると嬉しいな」
 そして、俺とつばさは互いに背を向けた。
 つばさのことを考えて、俺が通路側の方に向く。袋小路のようになっており、つばさは奥の方にいるので誰の着替えを見ることもなければ、誰からも見られることはない。
 俺はさっそく瑠奈から渡された紙袋の中身を取り出す。
 見てみると、何やら黒いスーツの一式のようだ。しかし、スーツと言っても生地も少し厚めだし、なぜか上着の丈が結構長いし。
 それ以外には縦に黒と灰色の模様が入っている革生地のベストと、普段はあまり見かけない少し変わった形のネクタイ。あと、黒い革靴。そして、一番意味が分からないのは白い手袋である。
「女装じゃないだけ安心した」
 思っていたことが思わず口に出てしまった。
 とりあえず、白い手袋を除いて全て着てみることにした。服のサイズも何故か俺にピッタリで、上着の丈の長さもそれほど気にならない感じだ。
 コスプレをするための更衣室なのか等身大の鏡が近くにあり、自分の姿を見て何のコスプレをしているのかが初めて分かった。
 ――執事だ。
 俺の髪の色がそうなのか、上から下まで全て黒だった。色々と黒い執事の漫画が女性の間で流行っているらしいから、瑠奈もその漫画の影響で俺に執事のコスプレでもさせたのだろうか。
 しかし、本当にまともなコスプレで良かった。
 普段の靴から黒い革靴に履き替えて、着替え完了。
「つばさ、俺は着替え終わったけどお前はどうだ?」
 背を向けたままつばさに訊いてみると、
「う、うん……もう少しなんだけど……」
「どうかしたか?」
「後ろのファスナーが生地に絡まっちゃったのか上手く上がらなくて……」
「俺が上げてやろうか?」
「うん、お願い」
 俺は後ろを向くと、そこにはメイド服姿のつばさがいた。確かに、上に着ている衣装のファスナーが上がっておらず、つばさの背中が丸見えである。
 しかし、後ろを向くつばさの姿は……少し幼く見えるけど見返り美人図みたいだな。
「少しじっとしてろよ」
 ファスナーを見ると、つばさの言ったとおりファスナーが生地に絡まっている状態だった。これじゃ今のつばさの体勢では自分でファスナーを上げるのは難しい。
「うんっ、あっ……」
「ごめん、痛かったりしたか?」
「な、何でもないよ。ただ、背中に水嶋君の手が当たってるから……はあっ」
 相当敏感なんだろうな、つばさの背中は。つうか、喘ぎ声がもはや女だ。
「水嶋君、どうなってる?」
「お前の言う通りだよ。大丈夫だ、少し生地を噛んでるだけだから……」
 そう話している間にもファスナーは上まできちんと上がった。
「よし、これで大丈夫だな」
「ありがとう、水嶋君」
 そして、つばさはメイドにはもはや必須であるフリル付きのカチューシャを頭に付けた。俺の方を向いて控え目に笑みを浮かべる。
「つばさはメイドか」
「うん。学校ではロングスカートだけど今日はミニスカートなんだ。お姉ちゃんから借りたんだけどね。実際に着てみるとちょっと恥ずかしい、かも……」
「ミニスカートだと足が寒いだろう。大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、今日着てきた服も丈が短いし。それに、今はスパッツを穿いてるから大丈夫だと思うよ」
「な、なるほどな」
 本当につばさを見ると女にしか思えない。
 顔つきもそうだけど、腕とか足首も全て女性のようである。こんな姿を他の誰かに見られたら、俺が女をここまで連れ込んだと疑われるくらいに。
「水嶋君は執事さんだね。やっぱりかっこいいなぁ……」
「俺は今、まともな衣装を着られてほっとしてるところだ」
「瑠奈ちゃんが選んだんだよね? やっぱり瑠奈ちゃんはセンスがいいな」
「まあ、男子向けの一般的な衣装を選んできてくれたから、そこに関しては普通のセンスはあるとは思う」
 正直、漫画に出てくるような高校の女子制服とか、女子用の赤いチャイナ服とかそんなものが来るかもしれないと思っていた。心の中で瑠奈に謝っておこう。
「水嶋君、似合ってるよ」
「……つばさも似合ってるぞ」
「はうっ。そう言われるとちょっと照れちゃうかな……」
 つばさは何かと褒められると照れてしまって、今のように頬を赤くして黙ってしまうようだ。
 それにしても、つばさはメイドで俺は執事。
 もしかしたら、瑠奈の着るコスプレの衣装のテーマはもしかするかもしれない。まあ、それは実際に見てから言うことにしよう。
「じゃあ、更衣室を出るか」
「そうだね」
 そして、出る時にもつばさは俺に少ししがみつくような形をとった。
 執事に寄り添うメイド。
 これも意外と面白い風景かもしれない。


 既にイベントの開始時刻である午前十一時を回っていた。
 なので、一般参加者が続々と会場内に入ってきており、たまにコスプレをしている俺たちの方を見てくる人もいる。コスプレはすること自体が醍醐味ではあるが、こういう場でのコスプレの場合見られること前提なので、今日は自分に向けられる視線を気にしないように心がけておくか。
 瑠奈の姿は一目で分かった。他の女性とは雰囲気が違う。
「あら、潤もつばさもよく似合ってるじゃない」
「瑠奈ちゃんもよく似合ってるよ」
「あ、ありがと」
「俺の衣装も真面目なやつで良かったぜ。これ執事だろ?」
「そうよ。せっかくだし、家にあった新品の執事服をちょっと頂戴してきたの。でも、誰も着ていないと思うから新品だと思うわ」
「さすがにお嬢様のやることは違うな」
 コスプレ用の衣装かと思ったら、福原家で実際に使われている執事服だとは。でも、福原の屋敷に行ったら実際にこういう服装を身に纏った執事が結構いそうだ。
「でも、つばさがメイドなんてね。偶然って恐ろしいわね」
「えっ?」
「だって、コスプレのシチュエーションにピッタリじゃない」
「どういうことだ?」
 瑠奈は楽しそうに笑って、
「気づかない? 潤に執事服を渡したのよ? ということは私の衣装のテーマはお嬢様っておのずと決まるの。この私に相応しいとは思わないのかしら?」
「それってコスプレって言わないだろ。実際にお前はお嬢様だし」
「こ、こういうのは見た目が大事なのよ! 私、普段はこういう服装なんてしないし」
 見た目が大事……なのか。
 そんなことを言う瑠奈の服装は、漫画やアニメで使われる言葉で言えば『ゴスロリ風』というやつだろうか。黒を基調とした生地に白いフリルをふんだんに使われているドレスに黒いブーツ。つばさとは違うデザインだけどフリルのカチューシャをして、おまけにはフリル付きの黒い傘。長い金髪の瑠奈にはよく似合うフリルまみれの服装である。
 しかし、瑠奈らしいと言えば瑠奈らしい。
 こういう時でも主従関係のようなものを考えてくるとは。
「潤。あんたはあたしの執事になったんだから、言葉遣いには気をつけなさいよね」
「別に見た目が大事なら言葉遣いなんて気にしなくていいと思うんだが」
「それは置いといて」
「置いとくのかよ。つか、さっきと言ってることが矛盾している気が」
「とにかく、潤の場合は気持ちも執事になるべきだと思うの。それができてこそ本当のコスプレって言えると思うのよね」
 何だか自分に都合の良い方向へ持って行かれているような。
 でも、瑠奈の場合は普段からお嬢様だし、つばさの場合は憩いの場でもメイド服姿で紅茶とかを淹れてくれるし、そう考えればこの二人の中身は既に完成しているのかもしれない。
 じゃあ、俺も少しくらいは瑠奈の言うことを聞くべきか。
「分かりました。お嬢様」
 俺は右手を胸に当てて、軽く頭を下げる。
「……ふ、ふうん……け、けっこう様になってるじゃない」
「それはありがたきお言葉。普段から我が儘で自分勝手で傍若無人という言葉が一番似合うお嬢様だとしても」
「主に毒舌な執事なんて言語道断よ!」
「いえいえ、私は主に毒舌な執事が難事件を解決するドラマを観ておりましたので」
「それはあくまでもドラマの中の話じゃない! いわばフィクション!」
「私にとって執事というのは主に毒舌を吐くことが鉄板だと思っていますので」
「空想と現実を混同しないで欲しいわ」
「学校にノートパソコンを持ってきてエロゲーをなさり、それに興奮するお嬢様には言われたくありません。むしろその言葉はお嬢様が言われるべきではないかと」
「う、うううっ……! 何よ、潤の癖に調子乗っちゃってっ!」
 瑠奈に毒舌を吐くのは実に爽快だ。最高でございますね。
 しかし、さすがにこれ以上言うのは可哀想だと思い、
「失礼いたしました、お嬢様。先ほどまでの失言、許してもらえるとありがたいのですが」
「許さないわよ、絶対に。本物の執事だったらクビ決定よ!」
「さようでございますか」
 普段から不機嫌な瑠奈を見ているからか、さほど脅威に感じない。
 つばさはずっと苦笑いだった。
「そろそろコスプレ広場に行こうよ」
「そうね。早くこの姿を世の中の男どもに見せつけてあげたいわ」
「瑠奈ちゃん似合ってるもんね」
「つばさも結構似合ってるじゃない。憩いの場でも今度からはその服装にすれば?」
「さすがに足首が出てるのを普段から着るのは恥ずかしいな」
 分かっているとは思いますが、これは男子と女子の会話でございます。決してガールズトークではないことをご了承くださいませ。以上、瑠奈お嬢様の執事からでした。
「それに、水嶋君も普段から執事服を着ているのは恥ずかしいよね?」
「えっ、あ、ああ……そうだな。これが仕事じゃないし」
 全身が黒いから目立たないかと思ったら、こういう服装をする人がいないから普通に目立つ。意外と俺にも視線が送られてくる。
 俺たち三人はすぐにコスプレ広場と呼ばれる場所に向かう。
 そこは野外で、既に他のコスプレをしている人が写真を撮られたり、何だあれは……何やらポーズを決めている人もいる。
「凄いねっ。水嶋君、瑠奈ちゃん!」
 つばさは若干興奮気味のようで。
 しかし、何だか女性が多いな。最近は漫画やアニメが好きな女性も多いようだし、自然とコスプレをする人も増えてくるのだと思う。
「このぐらいの人の多さなら結構慣れてるわ」
「普段から男子を従えていますからね……」
「それもあるんだけど、私ってお嬢様だから何かと立食パーティーとかに招待されてね。こういう人の多く集まる場所は珍しいことじゃないのよ」
 若干自慢された感があったが、さすがはお嬢様というところだろう。男性を中心として既に多くの視線を浴びているが、瑠奈はそれに動じることもなく凛とした態度のままだ。普段からお嬢様として注目されていることには慣れているからだろう。
 俺たちはコスプレ広場に入った。
「それで私は何をすれば良いのでございますか?」
「う~ん、あんたは執事だから私の後ろで突っ立ってればいいわ。つばさも同じ」
「えっ、私も?」
「ふ、普通は執事とメイドは主の後ろに立つって決まってるのよ! 現役のお嬢様が言ってるんだから言う通りにしなさい!」
 現役のお嬢様、って言葉もおかしいし自分で言うことじゃないだろ。
 でも、コスプレのテーマが主と執事とメイドであるし、瑠奈の言う通りにした方が楽でいいかもしれない。コスプレ参加は初めてだから三人で一緒にいた方が安全だし。
「かしこまりました、お嬢様」
「けっこう敬語も板についてきたようじゃない。いいことだわ」
「お嬢様に褒めていただけるとはありがたき幸せ。お嬢様のお考えになった身勝手な設定ではございますが、話していると嫌でも板についてきてしまうものです」
「あたしに何か不満でもあるわけ! さりげなく毒舌しちゃって」
「ないわけではありませんが、さほど気にしておりません」
「普通にあるって言ってくれた方が気持ちいいわね!」
 あの某アイドルが演じた毒舌執事の真似をするのは気持ちいいな。
 瑠奈は少し頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。少しそっとしておけばいつもの調子に戻るだろう。
 周りの様子を見てみると、デジカメを持った一般参加の人たちが次々にコスプレ会場にやってくる。主に男性である。
「ホームページでも見たけど、一般参加者向けの所に撮影するときの注意点っていうのが書いてあったよ」
「じゃあ、きっとコスプレをしてると写真を撮られるのは当たり前なんだろうな」
「き、緊張するなあ……」
「何か不安になったら俺に言ってこい」
「うんっ、ありがとう。水嶋君」
 俺の隣で安心した笑みを浮かべるメイド、つばさ。
 この姿を見た十中八九の人は彼のことを女だと思うだろう。男だと知ったときにどういう反応を示すのだろうか。つばさが嫌でなければ、その時の反応も凄く楽しみなんだが。
 そして、さっそく男性の二人組がこちらにやってくる。
 片方の男性がデジカメを持っており、まずは三人で撮影。
 次に瑠奈一人を取りたいと言われたのだが、それに対して瑠奈は「私を撮るなんて百年早いわね」と失礼な言葉を発した。しかし、二人の男性はそれがドSなお嬢様の台詞であると勘違いしたらしく激しく悶える。そんな中で瑠奈はソロで撮影。
 男である俺には視線を一切向けず、次はつばさの方に。やはり視線を向けられているせいかつばさは恥ずかしそうにしている。ここで瑠奈が、
「このメイドさん、実は男の子なの」
 と、あっさりとカミングアウトをしやがった。
 つばさは更に恥ずかしくなったのか、顔を俯かせる。
 だけど、二人の男性は、
「男の娘が実際にいただとっ! ぜひ写真を撮らせてください! あと、宜しければ僕と握手してもらえると嬉しいです!」
「お前だけなんてずるいぞ! 俺にも是非握手させてください!」
 ひゃっほうっ! と、高らかに声を上げて喜んだ。
 瑠奈の言う通り女の子にしか見えない男の子、通称『男の娘』が好きな人は実際にいたみたいだ。何に魅力を感じるのか問いてみたいところである。
「私で良ければ構いませんけど……」
『ありがとうございます!』
 男性二人の声が重なった。しかも、耳障りなほどにボリュームが大きい。
 つばさも予想してない二人の喜びようにどうやら驚きを隠せないらしい。しかし、さすがはつばさだ、メイドになりきっている。サービス精神が旺盛で写真に写ることにも二人に握手をすることにも嫌な顔を一つしなかった。
 こうして、最初のお相手は終わった。
「緊張しちゃったよ。はうっ、死ぬかと思った……」
 つばさはほっ、と胸を撫で下ろす。
「何だかあたしよりも気に入られてるのが気にくわないけど、まあ男の娘って希少価値高いからこれも妥当なのかもしれないわ」
「ご、ごめんね……」
「別にいいわよ。相手にされなかった潤に比べればマシだし」
「いえいえ、主より執事が目立っていてはいけませんので」
「ふ、ふんっ。分かってるじゃない」
 別に相手にされようがされまいが心底どうでもいいんだが。何も相手にされなければ、何事もなく平和なんだからそれでもいいと思う。
 俺たちは話している暇もなく、次のお相手。
 今度は可愛らしい高校生ぐらいの女の子だった。お目当てが誰なのかは分かっている。
「あ……あの、執事さんっ! 私のことをお嬢様って言ってもらっていいですか?」
「かしこまりました。お嬢様」
 もちろん、俺だった。熱い眼差しが俺の方にずっと向けられていたからな。それに、女の子なら大抵は俺じゃないかとも思っていたし。
 ここはつばさのサービス精神を見習っておくか。まずは微笑む。
「お嬢様。何か私にして欲しいことはございますか?」
「はうっ、ええと……写真を一緒に撮ってもらえると嬉しいです。はうっ」
「かしこまりました」
「じゃあ、私が撮りますね」
 もう本物のメイドじゃないかと言えるくらいのタイミングの良さでそう言い、女の子はつばさにデジカメを渡す。
 そして、俺と女の子は二人で並んで写真を撮った。
「ありがとうございますっ」
「いえいえ、お嬢様のお願いですから」
 俺はそう言って、白い手袋を外し女の子と握手をして軽く微笑む。
 女の子は俺のしたことに驚いたらしくその場で飛び跳ねた。一瞬のうちに顔が赤くなる。興奮が冷めぬまま彼女はその場を立ち去った。
「水嶋君のおかげで女の人も来るね」
「男の人でコスプレしている人は少ないから……これでもけっこう目立つんだろうな」
「一番かっこいいと思うよ。お、お世辞じゃないからね!」
「それはどうも……」
 そんなことを話しているとデジカメを持った人がこちらにやってきた。
 その後も続々と俺たちの所に来ては色々なお願いをされた。
 三人の写真を撮らせてください、というのが一番多い。
 二人一緒にお願いします、というのは俺とつばさが多かった。執事とメイドだからか。俺的には主と執事、主とメイドという組み合わせの方が多いと思うんだが。
 ソロで撮影、というのは瑠奈が一番多かった。その度に瑠奈は話しかけてくる相手に尖った発言をするのだが、服装の影響なのか瑠奈の雰囲気の影響なのか全てドSなお嬢様として受け取られ、文句は一つも言われなかった。下僕の新規開拓と言ってもいいのかもしれない。
 その他には撮影する本人と一緒にというのが多かった。
 人の相手をしていると時間もあっという間に過ぎていく。
 午後十二時半。
 だいたい二十人ぐらい相手をしたところで、お昼時なのかコスプレ広場に人が少なくなってきた。
「そろそろお昼ご飯の時間かしら」
「そうでございますね」
「あたし、お腹が空いてきたわ。潤、後でお金は払うから何か買ってきて。できるだけ甘いものね」
「そこまで執事の設定にこだわるのかよ」
「こだわるわよ。はい、執事なんだから敬語で話す」
「失礼しました」
 たしかに本業が使用人だったら食事の用意をするのは当然かもしれないが、一応、俺は瑠奈のクラスメイトなんだぞ。
 と、文句を言ったところで瑠奈には通じなそうなので言うのはやめておく。きっと学校では下僕の皆さんに昼食を買わせているのだろう。
「じゃあ、私と一緒に買いに行こう?」
「そうだな、つばさ」
 この衣装ではシャンサインの中しか歩けない。
 しかし、調べてみると今日のようなイベントには幾つかの店がここに出張しているということで、会場内に店を開いているらしい。
 瑠奈にそのことを伝えたら「そういう庶民的な物を食べるのもいいかもね」と、想像通りの返事が返ってきたので俺とつばさはシャンサインの中に行こうとしたときだった。
「お兄ちゃん!」
「潤、ここにいたのね」
 俺のことをこう呼んでくる二人の女性。紛れもなく姉さんとあかりだった。
 二人の姿を確認するとすぐに、あかりが小走りで俺の方にやってくる。
「あかり、どうしたんだ?」
「お姉ちゃんが一緒に池袋に行こうって言うから。お買い物のついでに」
「姉さんか……」
 そういえば、姉さんは夏來さんと同じ大学の同級生だったな。きっと夏來さんからこのイベントの事は知らされていたんだろう。
「夏來から聞いていたの。潤と同級生の子が面白いコスプレをしてるって。ふ~ん、潤は執事なのね。それだったら大人しく私の言うことを聞いてもらおうかしら?」
「やめてくれよ。今はこいつの執事ってことになってるんだから」
 冗談じゃない。瑠奈と姉さんのいうことを同時に聞くなんて。
 俺が指さした人間は、あかりのことを凝視していた。
「な、何ですか?」
「あなたの名前は何て言うのかしら? 潤のことをお兄ちゃんって言っていたけど……」
「み、水嶋あかり、です……」
 何に圧倒されているのかあかりは表情が引きつっていた。しかし、それも一瞬であかりはようやく瑠奈であることに気づいたのか、
「あのっ、お兄ちゃんのことを取らないでくださいっ!」
 と、瑠奈に向かって叫んだ。
 あかりは昨日の朝のことを覚えていたらしい。写真も堂々と載ってたから瑠奈の顔ももちろん覚えていたんだろうな。
 きっと瑠奈は怒ると思い、彼女のことを見てみると、
「取るわけないわ。潤は私の執事なんだし」
 特に怒っているようでもなく、逆に微笑んでいるように見える。しかし、
「いつからお前の執事になった」
「今朝からよ」
「それはあくまでもコスプレをしている時だけで……」
「今もコスプレしてるじゃない」
「姉と妹の前まで遵守しなきゃならないのか」
「当たり前。私の言うことはゼッタイ」
 まったく、家族の前くらいは普通にさせてくれてもいいと思うんだが。
「本当ですか?」
「本当よ。だから私の妹になりなさい」
 瑠奈から唐突に言われたその言葉に、
『……えっ?』
 俺とあかりの声が重なった。
 ――あかりに瑠奈の妹になれ?
 冗談じゃない。即刻反対だ。
「兄としてお前の妹にはできないな。高校生なのにエロゲーやってる奴なんかにあかりを渡すことなんてできるか!」
「お、お兄ちゃん……」
 あかりはぽっ、と顔を赤くさせる。別に俺は変なことを言ったつもりはないが。
「あかりちゃんに変な気なんて起こしてないわよっ! ただ、あかりちゃんは凄く可愛いし、潤の妹だなんてもったいないから私が引き取ってあげようって思っただけ!」
「よく分からない善意だな」
「べ、別にあかりちゃんが私のプレイしてるエロゲーの妹系キャラに似てるからじゃないんだからね!」
 絶対にそのキャラに似ているからだろ。
 やばいぞ、瑠奈の表情が何とも言えない。呼吸を荒くしながらあかりだけを見て、今までの中で一番興奮してるし。
「お兄ちゃん。こ、恐いよぉ」
「私は全然恐くないわよ。あかりちゃんには特別に優しくしてあげるから。あかりちゃんに手を出せるのは私だけ」
 主人公の妹に溺愛するヒロインって、俺の読んだことのあるライトノベルにいたな。たしか、そのキャラは色々と瑠奈に似ている気がする。金髪とか理事長の娘とか下僕を従えてるとか。そう考えると瓜二つとも言えそうだ。
 って、そんな場合じゃない! あかりが危険に晒されているんだ。
「いい加減にしないと怒るぞ、瑠奈」
「……別に本気であかりちゃんのことを食べる、じゃなくて妹にするなんてこと考えてないから。あかりちゃんが凄く可愛いのは本当だけど」
「さりげなく本心を言ったな」
「でも、あかりちゃんって潤のことが好きなの? お兄ちゃんのこと取らないで、って相当気に入っているのね。これってもしかしてブラコンってやつ?」
「べ、別に私はお兄ちゃんのことが好きなだけです。あっ、言っちゃった……」
「はぁん、そういうところ凄く可愛いっ! やっぱり妹にしたいわ」
 あかりが俺のことが好きなのは嬉しいが(きっと兄として。そうであってくれ)、それにいちいち瑠奈が反応しているのが気分悪い。
 あかりは俺の後ろに隠れてしまった。
「瑠奈ちゃん。女の子が嫌がるようなことをしちゃいけないと思うよ……」
 つばさは優しくそう言った。
 つうか、男子にその言葉を言われる女子って。
「潤の同級生ってけっこう面白いメンツなのね」
「そうだな、姉さん」
「金髪の子は理事長の娘だから有名で知ってるけど、隣にいるメイド服の子は何ていう名前なの?」
「百瀬つばさだよ。夏來さんの弟の」
「えええっ!」
 久しぶりに姉さんが本気で驚いているのを見た。マドンナという雰囲気を全く感じさせない最高のリアクションだな。
「夏來から女装が似合う弟さんだとは聞いてたけど、ここまでクオリティが高いなんて」
「は、初めまして、百瀬つばさですっ! えっと、水嶋君と瑠奈ちゃんとは同じクラスで……そ、そのっ。お、お世話になっています!」
 つばさはおどおどとした感じで姉さんにお辞儀をする。
「ご丁寧にありがとう。私は潤の姉で水嶋彩です」
「私、福原瑠奈といいますっ! どうかお姉さんからあかりちゃんを妹にしてもいいと潤に説得してもらえませんか!」
「それは無理ね。だって、あかりは私の妹だもの」
 クールに瑠奈のことをあしらったぞ。さすがは姉さん。
「つうか、妹にするのは冗談じゃなかったのか?」
「別にいいじゃない。でも、お姉さんに言われちゃ諦めざるを得ないわね」
「お前でも人の言うことを聞くことがあるんだな」
 姉さんは上品に笑っている。
 あかりは今の会話を聞いてほっとしたのか、ようやく俺の後ろから出てきた。
「ごめんなさい、福原さん。私、潤お兄ちゃんも彩お姉ちゃんも好きなので……い、妹にしてくれるのは嬉しいんですけどね」
「い、いいのよ。知り合いになれただけでも十分だし。やっと生きがいを見つけられたし」
 落ち込んでいる瑠奈に気遣っている妹。
 今ほど瑠奈が小さい存在に見えたことがない。あと、生きがいって何のことだ。
「あかりちゃんは宝条学院の一年生だし、会いたいときにはいつでも会えるよ、ね? 水嶋君、あかりちゃん」
「あかりがいいなら俺は構わないが」
「私は別にいいですよ。茶道部に入っているので、良かったら一度……お茶を飲みに来てくださいね。待ってますから」
 あかりは笑顔で瑠奈にそう言った。本当に優しいな、あかりは。
「……うん、ありがとう。絶対にあかりちゃんのお茶飲みに行くからね!」
「良かったな、瑠奈」
「べ、別に喜んで……るわよ」
 素直に喜びの気持ちを表現すればいいのに。
 あかりも少しは瑠奈に対する恐さがなくなったのかな。瑠奈の手に届かないところに立ってはいるが。
「そうだ、潤たちと夏來がイベントに参加するっていうから。差し入れ持ってきたわよ」
「えっ?」
 そういえば、姉さんは少し大きめのバッグを持っていた。
 中から取りだしたのはタッパー。その中にはサンドウィッチが詰められていた。卵、シーチキンなど五種類くらいあってバラエティ豊富である。
「三人で食べてね。私とあかりで作ったから」
「こ、これ……あかりちゃんが作ったんですか!」
「は、はい。そうですっ」
「是非、美味しくいただかせてもらいます」
 こりゃ完全に瑠奈はあかりが好きみたいだな。
「皆さんの口に合うかどうか分かりませんが……」
「大丈夫。あかりちゃんの作った物なら絶対に美味しいから」
 あかりが作っていると分かったと瞬間、いきなり飛びついてきた。
 姉さんもあかりも料理はそこそこできる。少し前まではキッチンで母さんと三人並んで料理を作っている風景がよく見られたもんだ。
「ありがとう。あかり、姉さん」
 これで瑠奈のパシリにならなくて済む。
 俺は姉さんからタッパーを受け取る。
「じゃあ、私とあかりは夏來の所に行くから。みんな、最後まで楽しんでね」
「失礼します。またね、お兄ちゃん」
「ああ」
 俺たちは二人に手を振った。
 姉さんとあかりの姿が見えなくなったところで、瑠奈が素早く俺の持っているタッパーを横取りした。
「は、早く食べなきゃいけないわ。あかりちゃんの作ったサンドウィッチどれだろ……う、うふふっ……」
「上品なんて欠片のない笑いでございますね」
「う、うるさいわね!」
「でも、ここで食べるのはちょっとあれだから……調べたら敷地内なんだけど、少し広めのパブリックスペースがあるらしいからそこに行って食べよ?」
「つばさの意見に賛成だな。では、そこに着くまでは我慢ですよ、お嬢様」
「いや。シスコンの潤が横取りするかもしれないから」
「……シスコンじゃねえよ」
 執事モードは一旦休憩だ。昼飯の時間だし。
 だが、さすがの瑠奈も歩きながら食べるというマナー違反をすることはなかった。


第12話に続く。
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