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 今日は土曜日なので授業は午前中だけだ。
 あれから、俺は教室を出ると今朝の件があってか周囲からの視線が少し気になったが、それも次第に収まっていった。
 どうやら、瑠奈の力が相当働いたようで……放課後になり、昼食を食べに坂井と食堂に行くのだが、途中にあった全ての掲示板からあの記事はなくなっていた。
 瑠奈の言うとおり、相手が悪かったってことか。
 とにかく、何事なく終わりそうだ。人の噂も七十五日と言うが、これなら七日も経たないうちに自然消滅だな。
 俺はそんな平和な気持ちで坂井と昼食を食べた。
 そして、昼食を食べ終わって席を立ち上がった直後に瑠奈がやってきた。
「瑠奈、どうかしたか?」
「……特に何もないけど」
 しかし、瑠奈は手を後ろに組んでもじもじしたままで立ち去ろうとしない。
 坂井は何かを察したのか、
「俺、部活あるから。じゃあな」
「ああ、じゃあな」
 そんな時でも爽やかな笑みで。坂井は俺に手を振りながら部活用のエナメルバッグを持ってその場を立ち去った。
 これで瑠奈も話しやすくなっただろうか。
「俺に何かあるからここに来たんだろ? きっと、お前だったら何にも用のない人間に対しては自分から話しかけることはないだろうからな」
「な、何よ……分かったような口利いちゃって。下僕のくせに」
 瑠奈は不機嫌そうに呟く。
 あまり今の状況はよろしくない。なんせ、今朝のことがあったからな。あの記事を理事長の娘の力で消した後であっても、見てしまった生徒の中に確かな記憶として残っている。できれば、この場から立ち去りたいところだ。
「……今日も来てくれるの?」
「えっ?」
「憩いの場に来てくれるのかって訊いてるの」
「ああ、そうだな……」
 時折、今みたいに瑠奈も普通の女子のような雰囲気を垣間見せる。普段からこういう風に素直に物事を訊ければ下僕ではなくて友達が順調に増えるような気がするが。まあ、俺がとやかく言えることではない。
 瑠奈の訊いた質問に俺は言葉を詰まらせた。
 さっきも言ったとおり、あの記事を見た生徒には確かな記憶が残っているんだ。その生徒という中にもちろん俺も入っている。
 あんなことがあったのに、俺は瑠奈と一緒にいるようなことをして大丈夫なのだろうか。臆病な気持ちが俺を侵食しようとしていた。
「……そう、だな……」
「下僕のくせに何ですぐに頷かないのって言いたいけど、今朝のことがあったから……特別に許してあげるわ。同情できる部分もあるし。感謝しなさいよ」
 優しい口調で放たれた言葉に俺は臆病になりかけた。
 でも、俺は踏みとどまる。
 昨日、河川敷でつばさと約束したんだ。明日からも憩いの場に行くということを。つばさがあそこにいるなら、あいつは俺が来ることを望んでいるはずだ。
 俺はゆっくりと立ち上がる。
「行くか。憩いの場に」
「潤……」
「憩いの場にはつばさが待ってるんだろ?」
「うん」
「……じゃあ、行く他はないな」
 バッグを持って、俺は歩き始める。瑠奈も置いていかれまいと俺の横について歩く。
「さすがは私の下僕ね。物分かりが良くてよかったわ」
「下僕という部分を強調しないでもらいたい」
 実際問題、瑠奈は今朝のことをどう思っていたんだろうか。
 俺よりも前に生徒会室に行って抗議していたのを見ると、それなりに記事に対して気にしていたとも思えるが、結局は理事長の娘という特権を利用して記事自体をなかったことにすることができた。
 極論では瑠奈にとっては何か噂を立てられても、今回みたいにそれ自体を抹消することができるんだから気にする必要なんてないと思うんだけど。
 しかし、さすがにそれは訊けないので俺は口を開くことをしなかった。
「ねえ、潤」
「なんだ?」
「あ、あたしと噂になっちゃったじゃない。まあ、本当のことじゃないけど」
「そうだな」
「だから、ね……その。どう思った?」
 まさか向こうから訊いてくるとは思わなかったな。
 俺は何も答えずに、教室棟から憩いの場のある部室棟まで歩く。
 ほとんど人気のない場所になったところで、
「ねえ。私、ずっと潤からの答えを待ってるんだけど」
 瑠奈はその場で立ち止まってしまった。
 俺が何か答えないとここから動かない、という雰囲気を醸し出している。まったく、何も言わないけど駄々をこねてる小さな子供みたいだ。
「瑠奈はどう思ったんだよ」
「下僕のくせに私に訊くなんて身分をわきまえなさい。それに、今は私が潤に訊いてるところなの。さっさと答えなさい」
「分かったよ」
「それで……ど、どう思ったの?」
「別に俺はどうも思わない。ただ、俺と瑠奈という組み合わせで……お前が俺の手を引いたあの写真を撮られちゃ、あんな記事を書かれるのも少しは頷けるんだよ」
「う、頷ける?」
 その驚きの声は部室棟中に響き渡る。しかし、普段から人の少ない場所だからか誰かがこっちに来るということはない。
 つうか、瑠奈が驚くとは意外だな。てっきり、記事を書かれた行為に怒っただけで内容なんて眼中にないと思ったんだけど。
「いや、瑠奈って下僕ばっかり従えてるだろ? そんな奴が自分から男子の手を引くなんて、そっちの方に勘違いする奴は勘違いするんじゃないかって」
「……あ、ああ……そういう意味ね」
 何だかがっかりしているように見えるが、気のせいだろう。
「でも、相手が悪かったな。瑠奈のことを取り上げるなんてさ」
「まったくだわ。恋愛沙汰っていう時点で納得いかないし、それによりによって相手が潤だなんて……」
「結構中身も気にするんだな、お前って」
 そういう一面を知ると、少しではあるが親近感が湧いてくる。
「何、声に出して笑ってるのよ」
「いや、何でもない。つばさが待ってるだろうから憩いの場に行こう」
「言われなくたって分かってるわ」
 こいつは「うん」と素直に頷くことはできないのだろうか。
 それは別にいいけれど。
 俺と瑠奈はつばさの待つ憩いの場に足早く向かうのであった。


 憩いの場に入ると、紅茶の香りが漂う。
 そして、紅茶の香りと一緒に添えられているのはメイド服を着た美少女。ではなく、可愛らしい少年とでも言っておこうか。
「瑠奈ちゃん。水嶋君。やっと来てくれた。二人が遅いから私、紅茶でも飲んでようかなって思ってたんだよ」
「ごめんね、つばさ。潤と色々とあって」
 瑠奈が謝ると、つばさはすぐに笑みを浮かべた。
「そういえば、あの記事全部なくなってたよね。何かあったの?」
「瑠奈がお得意の『理事長の娘』っていう立場を使って、記事を元々なかったことにしたらしい」
「そ、そうなんだ……」
 流石につばさも苦笑いか。
 俺は昨日と同じく、瑠奈の座っている正面の椅子に腰を下ろす。すると、すぐにつばさが紅茶を出してくれた。
「ありがとう」
 一言礼を言うと、つばさは何も言わずにこっとした表情をしてその場を離れる。男ということを伏せればメイド喫茶で十分にやっていけそうな笑顔である。
 カップを手に取り、紅茶の色と香りを楽しむ。
 色は深紅色と言えばいいだろうか。カップの底が辛うじて見えるくらいだ。
 そして、香りは花で例えるとバラのような香りと、メンソールのような爽やかな香りが感じられる。
 砂糖など何も入っていないままストレートで一口飲む。
「これはウバ茶かな」
 渋みが頭著に現れるが、単に苦いのではなく深みがあって次の一口へと進みたくさせる。やはりこの渋みがいい。俺にとっては。
 もう一口、ウバ茶を飲む。
「やっぱり美味いな。これも瑠奈の家が特注で頼んでるものなのか?」
「たぶんそうじゃないかしら。私の家にあるものは全て一流だから」
 出た。お金持ちの家に産まれた子供って絶対に一度はそういうことを言うよ。
 しかし、それは事実を言っただけだというのは俺も分かる。昨日のダージリンティーといいさすがは一流の茶葉から作った紅茶だ。
「でも、水嶋君は凄いよ。何も茶葉のことなんて言ってないのに分かっちゃうなんて」
「それほどでもない。ウバ茶も世界三大紅茶の一つだし。て言っても、俺も両親から聞かされた付け焼き刃の知識みたいなもんだから。たいしたことないって」
「へえ、そうなんだ。瑠奈ちゃんは分かるの?」
「……そ、そうね……」
 瑠奈はノートパソコンの画面を開き、つばさの質問に少し言葉を詰まらせるが、
「わ、私は潤みたいに細かいことを気にしないから! この紅茶がどんな茶葉を使ってるなんて考えたことはないわ!」
 胸を張って瑠奈は堂々と言った。
 ふうん、この言い方だと瑠奈はどうやら茶葉の種類とかは分からないらしいな。さすがにつばさもそれを察したようで、再び苦笑い。
 まあ、俺みたいに紅茶の見た目や香り、味の特徴ですぐに分かってしまう人の方がよっぽど少ないから瑠奈みたいなのが普通だ。
「でも、こんなに美味い紅茶が毎日飲めるなんて、瑠奈はそれだけでも幸せに感じた方がいいと思うぞ」
 俺がそう言うと、瑠奈は人のことを蔑むような表情を見せる。
「はぁ? たかが紅茶くらいでどうして潤にそんなことを言われなくちゃならないの? 私にとってはこれが普通だし」
「そ、そうだよな」
 紅茶のことをそういう風に言われると多少腹が立つな。紅茶通の俺としては。
 まあ、これがお嬢様と一般庶民の価値観の違いってやつか。
 しかし、こんなに美味い紅茶が毎日飲めるなら俺は凄く幸せに感じられる。まあ、そのことくらいでそう感じられるのが庶民の良いところであると俺は思う。
 つばさが瑠奈にウバ茶を出す。瑠奈は昨日と同じく、角砂糖を二つ入れてからウバ茶を飲み始めた。
「瑠奈は甘い紅茶の方が好きなんだな」
「う、うん。だって、その……渋いのはあんまり好きじゃないから」
「そうか……」
 この深い渋みが良いというのを分かち合えるのは、今のところは父さんぐらいだろうか。
「できれば砂糖を入れる前に一口飲んで欲しかった」
「だから、渋いのは嫌だって言ったじゃない」
「俺のでよければ飲んでみるか? ウバ茶は渋みという名の深い味わいが特徴なんだ」
 と、俺は瑠奈が返事をする前にティーカップをソーサーごと瑠奈の前に差し出した。
 しかし、瑠奈は頬を赤くして、
「あ、あんたの口付けた紅茶なんて飲めるわけないでしょ! 男の人が……じゃなくて、下僕が口付けた紅茶なんて……! 泥水を飲んだ方がよっぽどましなんだけど」
 軽くあしらうかと思いきや、瑠奈は想定外の反応をした。
「すまない。確かに今は俺が悪かった」
 今の瑠奈の反応は妥当だろう。異性の口付けたものを出されては。泥水の件は少し言いすぎだとは思うが。
 姉や妹がいるせいか、俺はそういう類のことに関しては多少鈍い。といっても、俺の姉妹については人の口付けた飲み物を平気で飲んだり(これは姉さん)、人の食べているものを俺にねだって一口食べたりする(これはあかり)。俺は自分が口付けたものを食べられたり飲まれたりしてもあまり気にしないので、今のように瑠奈に自分の口付けた紅茶を差し出してしまったのだ。
 ちなみに、俺は姉さんやあかりのものを食べたり飲んだりはしない。
「み、水嶋君……」
「なんだ?」
 つばさが恥ずかしがりながらも俺に尋ねてくる。な、何だか嫌な予感がする。
「本当はそ、その……水嶋君と瑠奈ちゃんってそ、その……つ、付き合って……」
「ないな」
「ないわね」
 俺と瑠奈の声が重なった。
 つばさは何故かほっとした表情になって、
「そうだよね。きっと今のも水嶋君が瑠奈ちゃんにストレートの紅茶を飲ませてあげようっていう気持ちなんだよね。優しいな、水嶋君は」
「あ、あははっ……」
 やっぱりつばさは素直だな。見たものをそのまま受け入れるというか。
 結局瑠奈は俺のウバ茶を飲むことはなく(当たり前だ)、俺はカップを自分の前まで戻して、湯気の立っていないぬるま湯程度に冷めたウバ茶を一口飲んだ。
「さてと、今日は何をするんだ?」
「普通にゲームやるけど」
「PNPか?」
 俺がそう言うと、瑠奈はあからさまにため息をつく。
「あんた、このノートパソコンを見て分からないの? 今日はPCゲームをやるの」
「そ、そうか」
「別に潤は何をやっててもいいわよ。ありがたく思いなさい」
 一言多いな。このお嬢様は。
「じゃあ俺は帰るか。土曜だし家でゆっくりする」
「それは却下」
「……さっそく前言撤回してるんじゃねえよ」
 この憩いの場の中でなら何をやっててもいいってことか。
 でも、ギターとか楽器を持ってきたわけでもないし……こうなったら、音楽を聴きながらラノベでも読むことにしようか。
 瑠奈の方に目を向けると、瑠奈は画面に釘付けになってゲームをやっているようだ。集中力半端ないな。
「あ、あの……水嶋君」
「どうかした?」
「そういえば、今朝、坂井君が言ってたよね。水嶋君は音楽のことになると熱くなるって」
「あ、ああ……」
 別にそんなこと覚えていてくれなくても良かったんだが。
「それで、その……もし何もすることがないんだったら、わ、私に音楽のことを話してくれないかな? え、ええと……水嶋君がよければでいいよ! もちろん」
 決死の思いで言われたような感じがしてならなかった。
 人に何かを頼むことに慣れてないのかな、つばさは。
 でも、音楽について語るのは同級生では坂井以来だから久々でいいかもしれない。時間潰しになるかもしれないし。
「そうだな。せっかくだし話すことにするか」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、ウバ茶のおかわりをお願いする」
 俺は残りのウバ茶を全て飲んで、つばさの空のティーカップを渡す。
 そして、不意に昨日のことを思い出して、
「そういえば、昨日は瑠奈の話に付き合ったんだから今日は俺の話に付き合ってくれ」
「……しょうがないわね。でも、ゲームをしながらでもいいかしら?」
「まあ、それでもいい」
 昨日は瑠奈から乙女ゲーとギャルゲーの話を散々聞かされたからな。今日は俺から音楽の話を嫌になるほど聞かせてやるよ。
 そんな仕返しを込めた気持ちもあってか、俺はつばさと瑠奈に自分の音楽論を延々と話した。延々と。


 一時間後。
 俺はつばさに自分の音楽論……というほどではないが、単に自分の好きな音楽について散々語った。
 俺の好きなバンドである『PUMP OF KITCKEN』についてのことや、自分がギターで弾いてみて感銘を受けた曲のことについてなど、坂井の言うとおり熱くなって語った。やっぱり、自分の好きなことを熱く語る時間は早く過ぎるものだ。
 つばさは俺の隣の椅子に座って、互いに自分の紅茶を飲みながら話し合った。話してみて、つばさは幅広いジャンルの音楽を聴く奴だと分かった。これは嬉しい。
 瑠奈が一切口を挟まなかったことからか、俺が一方的に話す展開が多かったが……これはこれで満足行くまで話せたので良かったと思う。
「坂井君の言う通り、音楽を話すときの水嶋君って熱いんだね」
「ごめんな。一方的な感じになっちゃって」
「別にいいよ。瑠奈ちゃんはどう思った?」
「……う、うん……」
 やっぱりゲームに集中していて、答える気にはなれないのか。
 それだったらまだ良かった。
 俺は瑠奈の姿を凝視していくと、二本の線が見えた。多分、あれは何か導線のようなもので、それを辿っていくとその先には……。
 ――右耳と左耳。つまり、両耳。
 そう、こいつは両耳にイヤホンをしていた。ということは、
「瑠奈は全く俺の話を聞いてなかったってわけか……」
 きっと瑠奈も聞いていると思い熱く語ってしまったのだが、この事実を知るとかなり萎える。まあ、元々はつばさが話して欲しいって言ってきたことだから、彼がちゃんと聞いてくれたからそれで良かったのか。
 畜生、BGMとかが一切聞こえないというところでイヤホンをしていると疑っていれば良かった。大抵、音無しでゲームをプレイすることはないし。
 それじゃ何も口を挟まないわけか。俺が話している間ずっと、瑠奈はゲームの世界に浸っていたから。
「わ、私は良いと思ったよ! もっと音楽に興味を持てるようになったしっ!」
「……ありがとよ」
 つばさからの慰めの言葉が逆に胸に刺さる。
 確かに瑠奈は人の話には耳をあまり貸さなそうだ。自分の話は聞いてくれないと怒るという、典型的な自己中心的な人間である。
「いったい瑠奈ちゃんはどんなゲームをやっているんだろう……?」
 つばさは立ち上がって、瑠奈の後ろまで行く。
 だがそこで、彼の頬は何か化学反応が起こったかのように一瞬で赤くなった。そして、パソコンの画面から視線を逸らしている。
「瑠奈ちゃん、何、やってるの……?」
「えっ? 見て分からないの?」
「いや、それはその……分からないってことはないけど、その……」
 つばさは何を見て黙ってしまったんだ?
 それに対して瑠奈は「はぁはぁ」と声を立てながら興奮してるし。ここからじゃさっぱり訳が分からない。つうか、単なる変質者にしか見えない。
 俺も瑠奈の後ろまで行き、パソコンの画面を見ると、
「……こいつは何をやってるんだ?」
 思っていたことがだだ漏れてしまった。
 ノートパソコンの画面には男子と女子が色々とやってしまっているシーンが描かれていた。おそらく瑠奈は、この画面の下の方に表示されている女子の喘ぐセリフを聴いて興奮しているのだろう。
「瑠奈。お前、少しは場所を考えてやってくれ。っていうか、高校生のお前にどうやってこういうゲームを手に入れられるんだ」
 瑠奈のやっているゲームは巷で言うエロゲーだった。
 確かにパソコンでやるゲームはいわゆる成人向けの方が多いらしく、その成人向けの中身のジャンルとしては恋愛がほとんど。
 俺の読んだ歴代の恋愛小説は告白して結ばれるか、結婚して結ばれるかで終わりという作品が多かったのでこういうシーンはあまり見かけない。
 俺の問いかけに瑠奈は答えそうにないので、パソコンの画面をゆっくりと閉じてやった。
「おい、質問に答えろ」
「あーっ! いいところだったのにどうしてくれるのよ!」
「高校生が学校でエロゲーをプレイするんじゃない」
「別にいいじゃない。仮にあんたがこのことを教師達に伝えたとしてもその時は……わ、分かってるわよね?」
「何も言う気はないから安心しておけ。とにかく、そんなゲームをどうすれば手に入れられるんだ?」
「普通にネット通販でできるけど?」
 できるのか、普通に。
 ここまで真顔で言われると何だか力が抜ける。
「注文するのは私だけど、受け取るのは雇ってるメイドだから。もちろんその人は十八歳以上だし、ソフトは通販会社の箱の中に入ってるから何を買ったのかはばれないし。こんなの、私にかかればちょろいわね」
 メイドという要素さえなければ大抵の中高生はできるのではないだろうか。配達する人も姿を見ただけでは年齢は判断できないだろうし。
「……まあ、ほどほどにしておけよ」
 止めろと言っても聞かなそうだし、別に瑠奈が楽しいならそれはそれでいいとは思う。しかし、学校で堂々とやられることには少し頭を抱える。
 そんな側から瑠奈は画面を開いてゲームを再開。再び成人向けには欠かせないシーンが登場し、再び瑠奈は興奮し出す。
「はぁん、男の子の役になって画面の中に飛び込みたい……」
「今の瑠奈を他の生徒が見たらどう思うんだろうな……」
「ねえねえ、潤が男の子役でつばさが女の子役になって朗読してくれない?」
「絶対にするもんか!」
 さすがにこれには声を上げてしまった。
「けっこういいと思うんだけどなぁ」
「同級生にエロゲーのセリフを朗読しろと言う高校生がどこにいるんだ!」
「え~っ、人気投票優勝した男子ができないなんて信じられないんですけどぉ~!」
「できる奴の方が俺には信じられないが」
 俺がそう言い放つと瑠奈はゲームに戻った。
 ――興奮しながらエロゲーをする女子。
 ――それを恥ずかしそうに頬を赤くするメイド服着用の男子。
 今の風景はそうそうお目にかかれない。まあ、性別を逆にすれば自然かもしれないけど、異性の前でこういうゲームは多分俺にはできないと思う。する気にもならないが。
 まあ、俺が音楽に熱くなるように瑠奈はゲームに熱くなるってことだから、それが悪いなんてことは全く思わない。
 なので、俺はそれ以上何も言わず席に戻ろうとすると、
「ねえ」
 俺の制服の裾を瑠奈が掴んできた。
「なんだ?」
「明日、日曜日だけど……潤って暇?」
「部活にも入ってないし予備校とかにも行ってないからな。基本はフリーだ。それで、明日がどうかしたか?」
 瑠奈はイヤホンを外し、俺の方を見る。
「……い、一緒に池袋のシャンサイン60に同人誌即売会に行かない? も、もちろんつばさと三人で」
「同人誌即売会か……」
 同人誌即売会。自分の好きなアニメや漫画、ゲームなどを元にして新たに漫画や小説などを創り、それを同人誌にして直接売るイベントのこと。俺の読んだラノベにも同人誌即売会に行く場面があったな。
「一度行ってみたかったんだよな」
「へ、へえ……潤もそういうのに興味あるんだ」
「まあ、読んだラノベに同人誌即売会でのシーンがあったから」
「ふうん」
「瑠奈も意外だな。そういう場所に行きたいとは」
「別に私がそういうものに興味があって行きたいわけじゃなくて、つ、つばさが行きたいって言ったから……そうよね?」
「うん。そうだよ」
 今のつばさの快活な返事からすると、瑠奈の言ったことは本当らしいな。
 でも、興味がないとか言いながらも瑠奈もゲームを結構やるしそういうイベントに一度は足を運びたくなったんだろう。同人誌を買いたいとか、同じ作品が好きな同士で少し話し合ってみたいとかそういう考えがあるんだろうな。
「それで、俺たちは普通に一般参加ってやつだよな? サークル参加は流石にできないだろうし……」
「え? 何言ってるの?」
「何言ってるの、ってサークル参加をする気なのか? それとも、それ以外に何かあるっていうのか?」
「あるに決まってるじゃない」
 瑠奈は俺を不思議そうな表情で見てくる。いや、その表情は俺がしたいのだが。
 ゆっくりと瑠奈は立ち上がって、後ろからつばさの両肩をぽん、と叩いた。
「ふえっ?」
 叩かれた本人はどうやら理由が分からず困惑としているようで。
「つばさがどうかしたのか?」
「だから、私たちは明日これをするために行くの」
「メイド服……か?」
「まったく、ここまで言っても分からないなんてね。明日はコスプレ参加をするの」
「コ、コスプレ?」
「別に不思議なことじゃないでしょ。夏と冬に有明で開催される同人誌即売会なんてコスプレも一つの目玉になっているくらいなんだから」
「コスプレって男もやるものなのか?」
「当たり前じゃない。現につばさだって、他の生徒とかから見ればコスプレよ?」
 確かにつばさの今の姿はメイド服姿だ。
 最初に女子の制服姿を見たときの『瑠奈に着させられている』という印象が強すぎたせいか、つばさがコスプレをしているなんて考えもしなかった。
 憩いの場での今着ているメイド服も、瑠奈が決めたつばさの制服のようなものだと考えていたので同じくコスプレという単語が出てこなかった。
「ちょっと待て。つばさは顔も体つきも女子に近いからメイド服が似合うけど、もし俺が着たとしても単に気持ち悪いだけだと思うぞ」
「……もしかしたら物好きが集まるかもしれないわよ。即売会に一般参加する人は『男の娘』が好きな人多そうだし」
「お、おとこのむすめ?」
「『おとこのこ』って言うの。女の子にしか見えない男の子のこと」
 それって、つばさのことをそのまま表した言葉だな。つばさは男の子よりも女の子として見た方が自然体に見えるし。
「これはいわば戦いね。聖戦って言えばいいかしら?」
「そんなに大げさなものじゃないだろ。たかがコスプレだし」
 そうだ、たかがコスプレだ。でも、もしかしたら女装をしなければならなくなると、自分との戦いにはなるかもしれない。
「で、でも……世の中にはそんな物好きがいるのか……」
 何故か、俺の身体全体に震えが来ていた。
 女子が着るような格好をさせられるだけでも想像したくもないのに、それに男が群がってくるだと? やめてくれ。気持ち悪くなってくるぜ。
「何言ってるのよ。普通に男キャラのコスプレだってあるわよ。それに、私だってあんたの女装姿なんて見たくないわ。何億円払ってもね」
「……それを聞いて少し安心した」
 今だけはそのきつい一言が欲しかったよ。
 俺はどうやらコスプレに関しては少し誤解をしていた部分があったみたいだ。とにかく、ちゃんとした男用の衣装があるということか。
「でも、コスプレ用の衣装なんて俺は一つも持ってないぞ」
「それだったら私に任せなさい。特別に用意してきてあげるわ」
「……変なものは無しにしてくれよ」
「分かってるって。つばさは自分で用意するから大丈夫よね?」
「うん。大丈夫だよ」
 今のやり取りを見ていると、つばさはもしかしてコスプレイヤーというやつなのか? どちらでもいいけど。
「きっと水嶋君だったらどんな衣装を着てもかっこいいんだろうなぁ……」
 つばさは控え目な声でそう言った。
 正直、コスプレなんて初体験だから自分に何が似合うとか似合わないとかもさっぱり分からない。いや、コスプレはその衣装を着ること自体に意義があるんだ。似合う、似合わないとかはきっと関係ない。
 明日、瑠奈の持ってくる衣装が少しでもまともな物であることを祈っておこう。
「じゃあ、明日は朝九時に青柳駅前に集合。遅れたら承知しないんだからね。特に潤」
「分かったよ。そういう瑠奈も遅れるな」
「私が遅れるわけないでしょ!」
「えへへっ、明日が楽しみだね」
 とりあえず、明日は俺とつばさと瑠奈の三人で同人誌即売会に行くことになった。
 瑠奈とつばさは色々と準備があるということで、とりあえず今日はこの辺でお開きとなった。


 夜、俺はベッドの上で音楽を聴きながら雑誌を読んでいた。
 好きなバンドのこととか、最新の楽器とかの記事を読むと心なしかテンションも上がる。坂井に言われたとおり、俺は音楽に対しては熱いんだと思う。
 鼻唄でも歌いながらゆったりとした一時を過ごす。
「今度は『カノン』でも弾いてみるかな……」
 クラシック曲をアコースティックギターで弾く、原曲以上に癒される。動画サイトにアップされていたものを見たら凄く感動したのを覚えている。
 いつかはギター片手にヨーロッパでも行ってみるか。
「……何を考えてるんだろうな、俺は」
 ふっ、とため息が漏れた。その時、
 ――プルルッ。
 携帯電話が鳴る。発信先は片倉由衣。
「由衣か。どうした?」
『いや、明日って潤は暇なのかなぁって』
「ごめん。明日は他の奴と出かける用事があってさ」
『他の奴……って、もしかして福原、さん?』
「よく分かったな。正解だ」
 由衣は「そっか」と少し残念そうに呟く。
 こういう時の由衣の直感はやけに当たるからな。まあ、今朝の一件もあってかその予想もつきやすかったのかもしれない。
「明日、福原と百瀬と一緒にシャンサイン60って所に行くんだけど、由衣も行きたかったら一緒に行くか?」
『別に私はいいわよ』
「どうしたんだよ。不機嫌になって……」
『私、福原さんのことあんまり好きじゃないから』
「そ、そうか。まあ、お前がそう言うのも分からなくはない」
『……別に相手にしなければいい話のことだけど』
 一応、明日会う相手のことをそういう風に言われると、たとえ瑠奈のような人のことでも少しは気分が悪くなる。
「そう思ってるなら、それ以上は言わなくていい」
『……そうだね。こっちの気分が悪くなるだけだし』
「それで、俺が暇だったら明日どうしてたんだ?」
『た、ただ……映画でも一緒に見に行こうかなって思っただけ。部活も休みだし久しぶりに潤と行ってもいいかなと思って』
「そうか。じゃあ、ゴールデンウィークのどこかにでも一緒に行こう」
『う、うん。分かった。約束だからね、忘れないでよ』
「ああ、分かってるって。じゃあな、由衣」
『うん。おやすみ』
「ああ、おやすみ」
 通話を切る。
 終始、由衣は不機嫌そうだった。瑠奈との約束が先に入っていたことに不満を抱いていたのだろうか。
 由衣とは時々、青柳駅近くにある映画館に行って映画を観る。俺と由衣は映画好きで小さい頃は親や兄弟が同伴で。それがいつの間にか、俺と由衣の二人きりで見に行くようになっていた。
 由衣には悪いが、明日はつばさと瑠奈と一緒に同人誌即売会に行くことが第一だ。まあ、コスプレをしに行くというところが変わっているが。
 俺はふと不思議に思う。
 ――瑠奈ってそんなに由衣の言うほど悪い奴なのか?
 そう思うのなら、きっと悪い奴じゃないんだと思う。今の時点では絶対にそう言い切ることはできないが、明日になれば少しでも確信に変わっていくかもしれない。
 俺はそう思いつつ、パソコンを立ち上げて明日の行き先を調べ始めるのであった。


第10話に続く。
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