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『助けてっ!』

 幼い女の子の叫び声が聞こえる。
 俺は必死にその声の主の所まで行こうとするが、身体を動かそうとすると全身に激痛が走り、なかなか動けない。
 しまいには呼吸をする度に身体の中から痛みが滲み出てきて、その痛みに身体が反応し震えるとその震えが次の痛みを生むことになる。
 女の子を助けようと思っても、これじゃ助けられない。
――地面に俯せで倒れている俺なんかに。
――痛みの酷い腹部に手を当てて狼狽えている俺なんかに。
――激しい呼吸をするくらいで精一杯の俺なんかに。
 俺は最後に必死に顔を上げて、その光景を見る。
 黒いスーツを身に纏った男が、泣いている少女を抱きかかえて俺に嫌味を含ませた笑みで見ているところを。
 しかし、もう一人の男がすぐ側にいて突然、背中に激しい痛みが走った。
『く、くそっ……!』
『ガキを誘拐する奴に対してガキが倒せるわけがねえんだよ。その勇敢さだけは認めてやるよ。正義のヒーロー気取りをしたマセガキ』
 激しい暴力とは正反対の、静かな声色でそう言われる。それに対して、俺は何も言い返せない。
 正確に言うと言い返すことができない。
 そして、俺に聞こえるように笑い声を上げると二人組の男は女の子を連れてその場を立ち去ってしまった。
 声が出せないくらい全身に痛みが伴っているのに、俺は湧き上がる悔しさのせいか、

『ちくしょうおおおっ!』

 激しく痛む腹の底からそう叫び続け、俺は意識を失った。


「はっ……!」
 勢いよく身体を起こすと、そこは薄暗い自分の部屋だった。
「夢か……」
 俺は思わずそう言葉をこぼす。
 暴力的で卑怯とも思える夢に俺はうなされたんだ。夢の中でもそうだったように呼吸は荒く、夏でもないのに寝汗が凄いことになっている。
「シャワーでも浴びてくるか」
 と、ベッドを降りようとするがその前にカーテンを開けて太陽の光を浴びる。普段なら気持ちいいけど、今の俺には寝汗のせいか逆に気持ち悪く感じる。
 俺はバスタオルとシャツを持って部屋を出ると、
「潤。おはよう」
「……何で由衣がいるんだ?」
 時刻は午前七時過ぎ。
 俺にとっては早すぎる時間に、制服姿の幼なじみが立っていた。俺の言葉が気に障ったのか、幼なじみの由衣の表情は思わしくないようで。
「別にいいじゃない。果帆さんに上がってどうぞって言われたんだから」
「まあ、それは別にいいが。朝練とかは大丈夫なのか?」
「うん。家を出たらすぐに部長から連絡があって、今日の朝練はないって言われたんだけどね」
「じゃあ、家に戻ってゆっくりすれば良かったのに。まだ七時過ぎだし、少しはゆっくりできるだろう」
「別にいいでしょ。もう潤の家が見えてたんだし」
「……まあ、由衣がいいって言うならそれは別にいいんだが」
 俺と由衣は昔から家族ぐるみの付き合いだ。俺は滅多にしたことはないんだが、由衣は時々俺の家に上がり込んで一緒に飯を食べたりする。と言っても、今日みたいな朝練が急になくなったというパターンは初めてではあるが。
「そういえば潤、どうしたの? 凄い寝汗だけど」
「……悪い夢を見て、さ」
「悪い夢?」
「まあ、それは後でゆっくり話す。汗を流したいからシャワー浴びに行くところなんだけど……まあ、ないとは思うけど一緒に入るか?」
 と、冗談交じりで由衣に言ってみる。
 すると、由衣は頬をかあっ、と赤くさせて、
「潤なんかと一緒に入るわけないでしょ! ばかっ!」
 当然だが怒られてしまった。言うべきじゃなかったな。
「あははっ。まあ、高校生になって一緒に入らないよな」
「そう思うんだったら言わないでよ……」
 まあ、想定内の返答だったので俺は笑い続けていた。
 しかし、由衣はちらちらと俺と目を合わせてくる。まさか本当に入りたいのか……と一瞬思ったのだが、それができるのは昔の話だ。
 昔は由衣の方から誘ってくれたんだが、それは純粋に俺と『一緒に入りたい』という子供ながらの願望からだろう。
「そういえば、由衣はもう朝食は食べてきたのか?」
「うん、家で食べてきたけど」
「じゃあ、母さんの淹れた紅茶でも飲んでゆっくりしてろ。きっと、母さんオススメの紅茶が飲めると思うから」
「そうね。果帆さんの淹れた紅茶、凄く美味しいもんね」
 俺の両親は紅茶に関しては通だ。
 といっても、多くの種類の紅茶の葉を集めては飲んで楽しむという趣味的な感じである。それは幼なじみの由衣はよく分かっていた。
 それに母さんは客が来ると、紅茶でおもてなしをするのが好きらしい。
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうわね」
「ああ、是非そうしてくれ」
 由衣もいくらか表情が明るくなった感じだ。紅茶好きだからな、こいつ。
「は、早くシャワー浴びてきなさいよ。ばかっ」
「分かったよ」
 俺は由衣に背中を押されるような感じで、浴室に向かう。
 由衣に手を引かれて風呂に入ったあの頃を懐かしみつつ、そしてどこか寂しげに感じつつ。俺は汗を流すのであった。


「誘拐された女の子を助けられなかった夢?」
 あれから、八時手前まで家でゆっくりとしていた俺と由衣。ちなみに、あかりはクラスメイトに用があるからと言って先に家を出た。
 すっかりと忘れていた俺の見た悪夢についての話を、家から出て数歩の所で由衣に訊かれたので俺が簡単に説明した反応がこれである。
「まさか、まだあの時のことを引きずってたとはね……」
「少し経って、きっぱりと断ち切ったつもりだったんだけどな」
 そう、今日見た俺の夢は実際に体験したことだった。
 何年前なのかもどこなのかも忘れてしまったのだが、俺は幼い女の子を誘拐した犯人二人組と素手で争った。当然のことながら、子供である俺が負けた。
 結局、女の子は誘拐されたままでその先どうなのか覚えていない。
 その出来事があってから、大体二週間弱くらい俺は登校拒否をした。理由はもちろん、誘拐された女の子を助けられなかったショックからだ。
 人一人助けられない奴が人前に出る資格はないという、子供ながらにしてプライドの高い考え。今なら助けられる奴の方がめったにいないことは分かるんだが、子供のときって何故か自分の考えが一番だって思い込んでしまう。
 そんな中、俺のことを慰めてくれたのが隣で歩いている由衣。
『そんなことなんて忘れちゃいなさいっ!』
 とか、当時の俺はそんなことを言われた。
 確かに両親にも誘拐犯に立ち向かったという行為についてはこっぴどく叱られたが、その気持ちの姿勢は凄く褒められたし、後はプロである警察に任せようと言われた。何だかんだで周りから励まされていた気がする。
 だからこそ、俺は由衣の言葉を受け入れてそのことを忘れ、今日まで過ごしてきた訳なのだが……。
「どうして、今になってあの時の光景を見るんだろうな……」
「何か思い出すようなきっかけでもあったんじゃないの?」
「……」
 そういえば昨日、つばさが話してくれた内容が自身の誘拐についてだった。
 よくよく考えてみれば、その中のワンシーンが俺の見た夢とよく似ている内容だったけど、さすがにそれはないだろう。
 ――あの女の子がつばさだったなんて、さ。顔もはっきり見ていないし。
「やっぱり、そういうことって身体で覚えてるものかしら?」
「あの時はけっこう殴られたりしたからな」
 夢であるはずなのに、痛みも苦しさも本物のように感じた。頭では忘れかけているものの、身体でははっきりと覚えているってことなのか。
 そう思うと、何だか恐ろしいな。
「どうしたの? 潤、身体震えてるけど……」
「な、何でもない」
 恐ろしく思うが故に、身体に反応してしまうのか。
 しかし、由衣はすぐに笑った。
「でも、潤って昔から正義感が強かったよね」
「別に今はそんなにないと思うが」
「そんなことないよ。だって、一昨日私に喫茶店で奢ってくれたじゃない」
「……それって正義感とは違うと思う」
 普通、そういう人のことは『太っ腹な人』と言うんだが。
「細かいことは気にしなくていいの」
「はいはい」
 まあ、由衣が称賛してくれている正義感って言うのも、時には裏目に出ることもある。上手くは言えないけどどんな物事も人の性格も、それが全ての物事や人にとって肯定的なわけがない。何か一つくらいはそれに対して否定的な存在があるということ。通じないということ。
 当時の俺は子供ながらにしてそれを知ったんだ。
 その考え方からなのだが、人気投票で一位になったこともいいことだと思って素直には受け取っていない。
 一昨日の姉さんとの話にもあったけど、この人気投票には何か裏があるような気がする。俺の知らない場所で行われていたとなれば尚更だ。
――ぷるるっ!
 俺の携帯電話が鳴る。取り出して画面を見ると、発信先は『水嶋あかり』だ。
 いったい何があったんだと思いつつ電話に出ると、
『お兄ちゃん! こ、これってどういうこと?』
「どうした? 何かあったのか?」
『それは私の方が訊きたいよぉ……』
 とにかく、あかりが何か驚くようなものを知ってしまったというのは分かったが、それが何なのかは流石に分からない。
『だって、その……貼ってあるんだもん』
「貼ってある?」
 昨日の校内新聞のことか? でも、それなら昨日の朝、俺と一緒に見たはずだ。
『うん』
「どういう内容なんだ?」
『……福原瑠奈さんっていう人と』
「瑠奈と?」
 その言葉を言った瞬間、由衣が俺の方を真剣な表情で見てきた。
 そして、あかりから衝撃の内容が伝えられる。

『お兄ちゃんと福原瑠奈さんが付き合っているって記事が張り出されてるの!』

 耳を疑った。
 あかりのあまりに大きな声に、俺は妹の言っている内容を勘違いして聞いているのかもしれない。俺はあかりに確認する。
「そう書いてあるのか? それには」
『うん。お兄ちゃんとその福原瑠奈さんが手を繋いでる写真もある』
「あの時に写真撮られたのか。なるほどな……」
 その写真はきっと、昨日憩いの場に連れて行かされるときに誰かがカメラか何かで収めたものだろう。
『どうしてお兄ちゃん納得してるの? も、もしかしてお兄ちゃん……本当に付き合ってたりしてる、とか?』
「してるわけないだろうが。安心しろ」
 俺が即答すると、電話越しにほっと安堵のため息をつかれる。
『そっか、良かった』
「……今すぐ由衣と一緒にそっちへ行くから。あかりは今どこにいるんだ?」
『昇降口前にある横の掲示板だよ』
「あそこか、分かった」
『うん、また後でね。お兄ちゃん』
「ああ」
 通話を切る。
「今のあかりちゃん? 何かあったの? 途中、瑠奈って言葉も聞こえたけど」
「ああ、学校で変な噂が立てられてるらしい。とにかく、急いで行くぞ」
「えっ? あっ、うん……」
 久しぶりに昔話に浸りながら登校しようと思っていたんだけど、それは無理だったか。
 とにかく、あかりの見た『俺と瑠奈が付き合っている』という内容の記事を実物で見ないと話にならないな。
 俺と由衣は駆け足で常盤学院に向かった。


 常盤学院の正門をくぐり、昇降口が見える所まで来ると生徒達が掲示板の前で集まっているのが見えた。
 幸か不幸か、昨日よりもその人数は多いように感じる。
 人というのはそういうスキャンダルじみた内容の方が興味を示すとでもいうのか? と思いつつ、俺と由衣はあかりを探し始める。
 しかし、その前に水色の髪の男子生徒……百瀬つばさに会った。
「お、おはよう。水嶋君」
「おはよう、つばさ」
「えっと、い、一緒にいるのは……か、片倉さんだよね?」
 つばさが少しおどおどしながら由衣に話しかけると、由衣は爽やかに微笑み、
「そうよ。えっと、百瀬君よね? よろしく」
「は、はいっ!」
 つばさは持ち前の笑顔になって、由衣の差し出した右手に握手をする。思わず由衣はこの笑顔に動揺したのか頬が赤くなる。
(ねえ、百瀬君って男の子よね?)
(ああ)
(それにしてはやけに可愛いんだけど。まあ、前から気になっていたんだけどね。も、もちろん可愛いって方でね!)
(分かってるって)
 由衣もつばさのことを可愛いと思うのか。
 しかし、本当につばさの言うとおり彼は女子の方が好かれやすいのかもしれない。物腰も女以上に柔らかいし、笑った顔も万人受けしそうだし。
「それで、水嶋君と片倉さんは急いで来たようだけど、どうかしたの?」
「そうだ、すっかり忘れてた。妹から連絡があって、何だか俺と瑠奈が付き合っているんじゃないかって書いてある記事が張り出されてるらしい」
「えええっ!」
「まずはその記事を確かめたくて、妹のあかりと待ち合わせをしたんだが……」
 俺は周りを確認すると、ピンクに近い赤髪の見慣れた女子生徒を見つけた。そいつは人ごみから出てきたところだった。
「あかり!」
「お兄ちゃん!」
 まるで兄妹の感動の再会! というような感じで、あかりは俺に抱きついてきた。
「あかり、例の記事は?」
「そこの掲示板に貼ってあるよ」
 あかりの指さした例の掲示板の方を見る。すると、人ごみの中にいた生徒の一人が俺の存在に気づいて、
「水嶋潤が来たぞ!」
 と言い、まるで誰か将軍でも来たかのように生徒達は掲示板までの道を通してくれた。俺たちは掲示板の前まで行くと、本当にその記事があった。
 タイトルは『理事長の娘が人気一番の生徒を奪取?』
 全く高校の校内新聞らしくない見出しで、しかも何だか瑠奈が主役の感じになっていた。
 あかりの言うとおり、瑠奈に手を引かれる俺という構図の写真が貼られており、その写真を根拠として文章が書かれていた。
――男子は下僕だと思っていたお嬢様がついに彼氏を作った?
――男子と接するのを慣れるために、多くの男子を下僕にしていた?
――一般生徒からでは手に届かないようなお嬢様が自ら手を取った?
 という小見出しもあり、瑠奈が主役の文章になっていた。
 この記事の内容を読むと、瑠奈の相手が誰であろうとも同じだろうなと思える感じだった。
「ていうか、これを他の生徒は信じているのね」
 由衣が腕を組みながらうんうんと頷いていた。
「由衣は信じないのか?」
「当たり前じゃない。あの福原瑠奈が男子と付き合うなんてあり得ない。ましてや潤みたいな一般生徒に。それに、男子の多くを下僕にしてる女なんかに異性とまともに付き合えるわけないじゃない」
 言い方が普段よりもきついが、信じないと言ってくれる奴が一人でもいると何だか心強いな。
 隣にいるつばさの方を見ると、やはり複雑な表情をしていた。瑠奈のことを少しでも理解しているからか、今の由衣の言葉には少しショックを受けたかもしれない。
「じゃ、じゃあ……お兄ちゃんとこの人は付き合ってないってことでいいのかな?」
「いいと思うわよ。本人だってそう言ってるわけだし」
「ほ、ほんと? お兄ちゃん」
 あかりが上目遣いをしながら俺に問いかけてくる。
「ああ、本当だ。色々あって瑠奈と話したことはあるけど、付き合ってるとかそういうことは全然ないから」
「う、うん!」
 何故かあかりはもの凄く嬉しそうだった。それと、安心してほっとしているというようにも思えた。
 とにかく、この記事は嘘だ。
 写真は本物だろうけど、内容はきっとこの記事を書いた……新聞部の勝手な想像によって書かれたフィクションだ。
 きっと、この記事を見た瑠奈は黙ってはいないだろう。
「瑠奈ちゃん、今頃どうしてるかな……」
 俺の気持ちでも読めるのか、つばさは俺と同じで瑠奈のことで呟いていた。あのお嬢様だ、今ごろどうしているかは気になる。
「きっと新聞部か生徒会にでも文句を言いに行っているだろうな」
「こんなことで瑠奈ちゃんは黙ってなんかないよ、ね」
「真っ先に俺も同じことを思った」
 瑠奈に手を引かれたことに気を取られていたけど、ここまではっきり写真を撮られたんだ。昨日、カメラを構えていた生徒がいたってことだ。
 別にそいつに対して問いただすことはしないけど、この記事の裏には何かある。俺か瑠奈に対する悪意のようなものを……。
 それを明らかにするために瑠奈は今ごろ、学校内を駆け回っているかもしれないな。
「お兄ちゃん……」
「どうした?」
 さっきとは裏腹にあかりは不安げな表情で、
「本当にこの女の人とは付き合ってないんだよね?」
「……ああ、付き合ってない。ただのクラスメイトだ。昨日は少し事情があって、強引に手を引かれただけさ。きっと、この写真を撮った生徒が俺と瑠奈が付き合っているって勘違いしちまったんじゃねえかな」
 再度訊いてきたことに俺は丁寧に答える。
「あと、どうして二度も訊くんだ?」
「……もしかしたら、お兄ちゃんのことでクラスのみんなから変なことを言われたら嫌だし。それに……」
「それに?」
 妹特有の理由だけではないようだ。
 あかりは少しもじもじとしながら、
「お兄ちゃんのこと、誰にも取られたくないっていうのかな。べ、別にお兄ちゃんが好きだとかそういうわけじゃなくて……いなくなったら寂しいっていうか、なんていうか。うううっ、上手く言えないよ……」
 緊張のせいか声を揺らしてそんなことを言った。
 あかりは俺に甘えていたからな。一学年しか違わないけど、誕生日で考えると一年半以上差があって少し離れている感じがするし。
 それだけ俺のことを兄として慕ってくれているってことなのか。
「別に俺が誰と付き合おうと、俺の妹はあかりだけだ。寂しいって思ったときには俺とは血で繋がっているって思えばいい。それは絶対に揺るがないんだから」
「お兄ちゃん……」
「だから大丈夫だ。何か俺のことで言われても、胸を張ってそれは違うとでも言っておけばいい」
 まったく、我が妹は寂しがり屋でしかも素直だ。
 いつかは離ればなれになるものだというのに、こんな感じでいいのだろうか。
 でも、きっといいんだろうな。だから俺は優しくあかりの頭を撫でているんだ。
 それにあかりはやんわりとした笑みを浮かべて、由衣やつばさも何も言わないんだから今はこれでいい。
「うん、分かった。ごめんね、お兄ちゃん。変なこと言っちゃって」
「全然変なんかじゃないぞ」
 この記事の方がよっぽど変だと思うが。
 妹を悲しませたという罪は大きいんだぞ。そう思うと、何だか少しずつ俺も熱い気持ちが湧き上がってくる。
「じゃあね、お兄ちゃん。クラスの友達が待ってるの忘れてたよ」
「ああ」
 あかりは元気に昇降口へと走って行った。
 そして、妹と入れ替わりという形でエナメルバッグを持った男子……坂井が俺たちに手を振って爽やかな笑みで俺たちの所にやってきた。
「おはよう。水嶋、片倉、それに……百瀬かな」
「おはよう、坂井」
「お、おはよう! 坂井君!」
「おはよう」
 十人十色ならぬ三人三色……とも言い難い朝の挨拶をそれぞれ坂井にする。しかし、坂井はよく百瀬の名前が言えたな。
 ここが毎日下駄箱に女子から何かしらプレゼントが入っている男のスキルって奴なのか。少しだけ眩しいぞ、おまえ。
「水嶋、百瀬といつの間に友達になってたんだ?」
「いつでもいいだろうが」
「百瀬。こいつは音楽のことになると熱く語り始めるから注意しろよ」
「あっ、うん……」
「おい、あたかも音楽を否定するような口調で言ってるんじゃねえ」
「普段はクールなのに、こんな風に熱くなるから」
 坂井の話に百瀬は笑っていた。
 さすがは坂井って感じだな。誰とでもすぐに気軽に話し合える関係になれるっていうか。サッカー部で次期エースだし頼れる存在なのかな。
 しかし、音楽を否定するのは許せない。それだけはとりあえずここで言っておこう。
「朝練が終わって、さっき体育館のシューズボックスを開けたら女子からか、チョコが入っててさ」
「ああ」
「運動後だったし、ちょっと甘いものが食べたくなって一粒食ってきたところ」
「その話の方がよっぽど甘いな」
 今日も健在だな、坂井のモテモテ武勇伝。
 それを爽やかな表情のままで言ってしまうんだから、俺はそのことに関して悪意を抱くことは一度たりともない。
 つばさは苦笑いのまま今の話を聞いていた。
 由衣が坂井の制服の袖を掴み、掲示板の方に指を指し、
「それよりも、坂井君。この新聞記事、もう読んだ?」
「ああ、もう読んだよ。ここに来る途中にあった他の掲示板でな。福原に手を引かれてる水嶋の写真が堂々と載ってたし」
「それで、坂井君はどう思う? この記事の内容のこと」
 由衣はなぜかドヤ顔で坂井に訊くと、坂井は一つ爽やかな笑みのまま息を吐いて、
「あり得ないな」
「私と同じね」
「あの福原瑠奈だぞ。男子を下僕にするような奴が、突然男子と付き合うなんてあり得ない。理事長の娘が一般生徒とまともに相手をすること自体考えにくいな」
「やっぱり坂井君もそう思うんだね」
「いやいや。付き合いの長い片倉に比べれば全然だって」
「べ、別に付き合ってるって……幼なじみとしてなんだからねっ! 変に勘違いなんてしないでよね、潤!」
 何をこいつは怒っているんだか。
「俺は普通に理解してくれる幼なじみだなって思ってたんだが」
 変に勘違いをするってどうやればできるっていうんだ。
 しかし、その付き合いの長い幼なじみと、高校に入ってからの一番の友人はちゃんと理解してくれているようで安心した。
 俺は思わずほっと胸を撫で下ろす。
「でも、こんな記事……誰が何のために書いたんだろう?」
 つばさの一言は俺も、きっと由衣も坂井も疑問に思っていることだ。
――誰が、何のために書いたのか。
 今、俺が感じているどこからか来る殺気のようなもの……それが関係しているような気がする。
 しかし、ここでただ立って掲示板を眺めているだけでも何も始まらない。とりあえず、生徒会室に行ってみるか。学校の掲示板に掲示物を貼るときには、生徒会の判子が必要なわけだし。
「ちょっと生徒会室に行ってくる」
「潤……」
「なあに、俺自身この記事の内容なんて気にしてない。それはきっと、瑠奈も同じだと思うぜ。お前らの言うとおり、あいつは俺みたいな一般生徒と付き合うわけがない」
 つばさ、由衣、坂井は俺のことを真剣な表情で見る。由衣がゆっくりと首を立てに振ると、俺もゆっくりと首を縦に振った。
「もし、朝礼が始まったら遅れてくるって言っておいてくれ」
 俺は軽く右手を挙げて校舎の中に走っていった。
 まるで物珍しい何かを見るような周りからの視線に包まれながら。


第8話に続く。
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