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 翌日、俺はあかりと由衣の三人で常盤学院に行くと、掲示板には大々的に昨日の人気投票のことについての校内新聞が張り出されていた。
 見出しは『二年四組アベック優勝』となっている。
 まあ、ぱっと見で一つ言えるのは俺と坂井が一緒に優勝したわけじゃない。『ワンツーフィニッシュ』という単語が思いつかなかったのか、新聞部よ。
「凄いね、お兄ちゃん! お兄ちゃんの隣に映っている人ってお友達なの?」
「ああ、クラスメイトの坂井って奴だ」
「へえ……」
 昇降口を入って正面の掲示板には人がごった返していたので、俺たちは昇降口に入る手前のサイドにある小さな掲示板の方で見ていた。
 あかりは記事に釘付けになっていた。
「何だか不思議だよね。私にとってはお兄ちゃんなのに、こういうものを見ると途端にお兄ちゃんが遠い存在に感じちゃうな」
「まあ、あかりの言いたいことは分からなくはない」
 新聞記事に写真付きで載るというのは、相当なことをしない限りはないことだろうから。俺も誰か知り合いが新聞に載ったら、そいつが少し遠く感じる。
「こんなに大きく写真を載せちゃって。私なんて全然潤のことが凄いとか思わないけど」
「お兄ちゃんは凄いよっ! あかりはそう思うよ!」
 あかりは由衣に向かい大きな声で言う。
「はあっ、潤は幸せ者ね。凄いって言ってくれる妹のあかりちゃんがいて」
「……そうだな」
 そう思えるのも、周りの様子を伺うと俺のことを見ながら何か話している生徒が多いからだ。注目されるということは、それ相応のことがあったという証拠だから。
「幼なじみとして潤がそんな優勝するように思えないんだけど」
「昨日、喫茶店では俺のことを散々祝ってくれたじゃないか。あの時の由衣の言葉はどこに行っちまったんだ」
「ああ、あれは潤が坂井君と奢ってくれたから」
 つまり、金を払ってくれるから俺に態度を良くしてくれていたってことか。まあ、高校生にもなると人間関係に少し金が絡むのもおかしくはないってことなのか。
「って、そんなのは嘘に決まってるじゃない。そんな、一日経っても騒がれるようなことでもないってこと。だって、前々から人気投票があるなんて私もあんまり知らなかったし、潤も知らなかったんでしょ?」
「まあそうだな」
 去年のことも忘れてたくらいだから印象の薄い企画なんだろう。三十回もやってるけど。
「それに、何だかね……あの人気投票のこと自体、生徒会の中だけでやってるような感じがするのよ」
 まるで推理をしている探偵のように、由衣は右手の親指と人差し指をあごに当てぼそぼそと言った。
 由衣の言葉に俺も軽く同意の意味で頷いてしまう。
 たしかに、この人気投票の企画自体が生徒会内部だけ、あるいはある程度小規模に行われて、俺たちのような大半の一般生徒には結果発表の段階で初めてその企画の存在を知るという可能性もあるな。考え過ぎかもしれないが。
「そんなことは別に気にしなくても大丈夫だと思うよ。お兄ちゃん」
「まあ、そうだな」
 あかりの言うことが正しいと思う。
 人の噂も七十五日という言葉があるように、こんな人気投票の結果なんてせいぜい一ヶ月もすれば忘れ去られる。きっと、昇降口のようにたくさんの人間に騒がれるのも三日くらい経てば一気になくなる。
「もうすぐ朝礼のチャイムが鳴っちゃうよ! じゃあ、私は急ぐから! じゃあね、お兄ちゃん! 由衣ちゃん!」
「おう、今日も頑張れよ」
「じゃあね」
 あかりは駆け足で昇降口に向かった。その走り方も昨日の俺との一件があった所為か、あかりは少しスカートを気にしながら走っていった。
 俺と由衣も朝礼の時間が間に合うように急いで走ったのだが……。
 やたらと生徒に絡まれて、俺だけ朝礼に間に合うことはなかった。しかし、担任が事情を把握していたらしく遅刻にはならなかった。
 少しの間だけはこういうことに関しては我慢していくか。


 今日も一日が平和に終わろうとしていた。
 今更なのだが、俺の席は百瀬つばさの左隣だ。男子制服を着ている百瀬の姿に少し違和感を覚えつつ(間違いなく昨日のせいだ)、気兼ねなく「おはよう」と声をかけると、百瀬はぴくりと身体が反応して、少し緊張気味に「お、おはようっ!」と甲高い声で返事された。
 それに対して福原はというと。
 常に少し不機嫌なオーラを醸し出しつつ、福原の下僕らしき男子数人が昼休みにずっと側について校内を廻っていた。今日も平常運転だ。
 教室の雰囲気はほとんど変わらず。男子の大半は福原を常に気にしているようだった。女子に関してはそういうことは特になく、誰か一人に注目が集まるようなことをしなかった。それはもちろん俺や坂井を含めて、だ。
 そう思えるのも、由衣や坂井という普段からけっこう話す奴の態度が全然変わらないからかもしれないな。俺もそれはありがたいことだ。
 そして、終礼が終わる。
 百瀬は終礼が終わるや否や教室を飛び出していった。対して、福原は特に変わったことをしていないようで、一人で不機嫌そうにしている。
「じゃあ、潤。私、部活あるからじゃあね!」
「ああ、じゃあな」
 エナメルバッグを肩にかけていた由衣が俺にそう言うと、走って教室を出て行った。昨日が特別で、普段は由衣も坂井も放課後には部活がある。
「俺も今日は部活があるから。じゃあな」
「ああ」
「今日はあんまりないといいんだけどね。女の子からの差し入れ」
「まあ、そのことについては明日聞かせてくれ」
「分かった」
 坂井は爽やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと教室に出て行った。
 きっと今日もロッカーにはたくさんのプレゼントが置いてあるだろう。人気投票で準優勝したんだし。昨日よりも多いかもしれない。
 教室内は掃除当番の生徒以外の大半がいなくなっていた。掃除当番でないから俺も教室を出ようかと思い、バッグを肩にかけて教室を出ようとすると、
「……」
「ど、どうした?」
 不機嫌そうに俺の前で仁王立ちしている福原がいた。
 今一度、こいつを正面からちゃんとみるとどこか他の女子とは違う何かを持っている。理事長の娘だからか?
 百瀬はどうなのか分からないが、この少し異質な雰囲気は友達がいないことを象徴しているようにも思える。男子に関しても、下僕はいるけど友達はいなそうだし。
「何か俺に用か?」
 静かに福原に問いかけてみると、急に俺の右腕を掴んできた。

「ちょっとついてきなさい!」

 そう言われるや否や、俺は強い力で福原に腕を引っ張られる。
 福原はそのまま廊下を歩き出す。
「一体どうしたんだよ、ついてこいって」
「つべこべ言わない!」
「まだ俺は何も話してないんだが……」
「とにかく、私の言うことを聞けばいいの! 大人しく私についてくればいいんだからっ!」
 そんな会話の一部始終を目撃している生徒達は、俺と福原に注目していた。一部の生徒は何やらこそこそと友達同士で話しているようだし。
 まあ、注目してしまうのも当たり前なのか。
 人気投票で優勝した男子と理事長の娘。
 しかも、理事長の娘……普段は他人と対等に話そうとしなそうな福原瑠奈が、自分から男子の手を引いているのだから。
 教室棟を出て、人気の少なくなったところまで歩いたところで、
「おい、いいから離してくれ」
「嫌よ。だって、あんた逃げるでしょ?」
「逃げねえよ」
「……そう?」
 半ば疑っているような表情で福原は俺の腕から手を放した。
 やっと自由になり、俺は一度立ち止まった。
「今から俺をどこへ連れて行くんだ?」
「……それを今言ったら、あんた来ないかもしれないじゃない。だから、そこに着くまで楽しみにしておきなさい」
 何だか、昨日の昼休みと似てるな。本当のことを知ったら相手にしてくれなそうだから、その時が来るまでは教えない、って考えるところが。
 俺ってそんなに何も興味を持たなそうに見えるか?
 しかし、福原のやり方は生徒会に比べれば随分と可愛く思える。
 そう思うと、何だか笑えてきた。
「ちょ、な、何笑ってるのよ!」
「いや、ただ……お前って結構可愛いなって思って」
「ひゃうっ。な、何言ってるのよっ! 私が可愛いなんて、と、当然のことに決まってるでしょ!」
 さっきまでとは違いあたふたしている福原。
 つうか、当然のことを言われてそこまで恥ずかしそうに顔を赤くするってどうなんだという話だ。下僕の皆さんから言われてそうなのに。
「潤はまったく、何を馬鹿なことを言ってるのかしら……もう、潤はまったく……」
「馬鹿なことを言ってすまない」
「べ、別に悪いなんて言ってないじゃない! と、当然のことなんだから言われたって別に気分悪くなってないから」
「そうかよ」
「何だったら何回だって言ってくれたっていいわよ。と、当然のことなんだからね!」
 なぜ、『当然のこと』と強調するんだろう。
「じゃあ、さっさと行くわよ」
 福原は俺の腕をさっきよりも強い力で掴んできた。
 逃げねえって言ったのに、そんなに俺は信用されてないのか? まあ、福原から逃げる気も全くないし、俺は素直に従うことに決めた。


 それから数分が経ち、俺と福原は部室棟にいた。
 部室棟は運動部、文化部の部室が全て集結しているが、それは単に表側としてであり、実際はこの部室棟が活動拠点である部活はほぼない。サッカー部はグラウンド、バレーボール部は体育館、茶道部は茶道室という感じで。
 実際には部の所有している備品などを入れておく、いわば倉庫のような感じになっており、この部室棟には生徒はあまりいない。
 おまけに立派に作ってしまったのか、部室としての部屋も有り余っているし、何か部室内での会議や幾つかの部活が話し合うためのミーティングルームまで完備されているものの、それが使われたところは俺の知ったところでは見たことがない。
 そんな部室棟に何の用があるというのか。
「おい、ここは部室棟だぞ」
「もうすぐで着くから」
 福原がそう言って十秒ほど。ようやく福原の足が止まった。
 そこはどうやら空きの部室の前だった。
「ねえ、すぐだったでしょ?」
「そこで胸を張らなくていい」
「いいから、ここの部屋に入って」
「ここの部屋って……勝手に使ってもいいのかよ」
「大丈夫よ」
 すると、福原は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、俺にウインクをしてきた。
 まあ、その意味はこいつの立ち位置を知っていれば、容易に考えられることだった。
 とにかく、俺は福原の言われたとおり部屋の中に入る。
「……」
 広さは大体、教室の半分から三分の二くらいだろうか。
 大体真ん中に少し上品なデザインの長机が二つくっつけられていて、椅子が四つほどある。その横には二人か三人掛けのソファーが備わっていた。
「これは、普通の部室だよな」
 まあ、箪笥なども置かれているけどこれもあるところはあるだろう。
「そう。見た目はどこからどう見ても、そこら辺にある空いてる部室よ」
「それで、ここで何がしたいんだ?」
「……よく聞いてくれたわね」
 待ってました、と言わんばかりに福原は俺の前に立ち止まり、
「私、昨日……潤に色々と言われてからずっと考えてたの」
 俺のことを指さしながら、恨めしそうに言う。
「昨日、つばさのことが見つかっちゃった原因は教室でしていたからだと思ったの」
「ようやく分かってくれたか」
「潤は私の家でやればいいって言ったけど、学校にいる間にしたいことってあると思うのよ。そこで私は考えたわ。学校で自由に羽を伸ばせるような空間を作ればいいって」
「も、もしかして……」
「そう。ここは私とつばさのプライベートルーム。現段階では『憩いの場』としてここを使うことに決めたわ」
「……」
 福原の言っている内容がたいしたことじゃなさ過ぎて何も言葉が出ない。
 とりあえず、福原はこの部室を……自分と百瀬用のプライベートルームにしたのか。だけどそれは、
「普通に許されないだろ。部活でもなければ、研究会でも同好会でもない。学校側に認められなきゃこの部室は使えないぞ」
「私が誰の娘だと思ってるの?」
「誰の娘って……」
「私は理事長の娘なのよ。私がお父様にお願い事を言えば何でもその通りになるの。昨日、この部室を使ってもいいかってお願いしたら喜んで許してくれたわ」
「それって職権乱用……じゃないけど、それってありなのか?」
「ここは私立高校。理事長が頷けば何でも許される社会ってやつなのよ」
「随分と娘には甘そうな社会の長だな」
 理事長の娘ってそこまで権力があるのか?
 ただ一つ言えることは、俺の目の前に立つ福原瑠奈という名前の女子生徒は、他の生徒とは明らかに違うものを持っているということだ。
「それで、福原。この憩いの場っていうのは……」
「潤。福原って呼び方はやめてくれない?」
「じゃあどうやって呼べばいいんだ?」
「ど、どうやってって……ふ、普通に考えてし、下の名前で呼んでくれればい、いいんじゃないの? ていうか、普通に考えられるでしょ!」
「分かったから怒るな。瑠奈」
 俺が名前で呼ぶと、福原……いや、瑠奈はにこっとして、
「よくできました」
 明らかに俺のことを上から目線で見ているような言い方で、初めて瑠奈に褒められた気がした。全然嬉しくないが。
「憩いの場って言われてもな。それって、お前にとっての憩いの場なのか? それとも百瀬のことを考えてなのか?」
「……まあね。まあ、そういうことは気にしてないけど」
「そうか」
「この高貴で私的な場所に招待された潤は光栄に思った方がいいわ!」
 鼻を高くして瑠奈は言った。
 とにかく、今の一言には問題がありすぎる。
 第一に学校という場で私的な場所……ましてや部屋を一つ占領できることは普通にありえん。
そして、それ以前に俺のこと招待している? 馬鹿でもいいから空耳でありたい。それに、招待するならもう少し俺の扱いを良くして欲しい。
「それはどうも」
「……何よ、全然嬉しくなさそうじゃない」
「嫌って訳じゃないんだが、特に嬉しい気持ちもない。招待してくれた相手がたとえ理事長の娘だとしても、な」
「ふうん……」
 瑠奈は腕を組み、俺のすぐ前まで歩み寄ってくる。
 彼女の瞳の色は瑠璃色と言えばいいのだろうか。まるで光の届かない奥底まで続く海のように、瑠奈の眼の奥には何があるのか俺には想像できない。
 瑠奈に見上げられる。
 何だかんだ言って、やっぱりこいつはかなり可愛い。常盤学院の大半の男子を下僕に導いていくのも頷ける。
「ふうん、あたしの虜にならないなんて、潤って何者?」
「普通にここの生徒だよ」
「意外と潤って徒者じゃないわね」
「……別にお前みたいに理事長の子供でもねえよ」
「あたしに跪かずに話せる男子に出会ったのは、潤で二人目ね」
「二人目?」
 俺は疑問系で返事をしてしまうが、それ以前に瑠奈とまともに話せる奴がいるのか? しかも男子で。
 すると、背後から扉の開く音が聞こえた。
「瑠奈ちゃん、これでいいのかな? そこのお手洗いで着替えてきたんだけど……」
「よく似合ってるじゃない」
 俺は後ろを振り向くと、そこにはメイド服を着たつばさがいた。
 そのメイド服は黒色で、下はロングスカート。やけにフリルがついていて、カチューシャにもついている。胸元には赤い紐ネクタイが蝶結びされている。
 そうか、まともに話せる一人目の男子ってつばさのことだったのか。昨日のこともあってか、すっかりと彼のことを男子というカテゴリから外してしまっていた。
 しかし、瑠奈の言うとおりよく似合っている。
「ど、どうかな? 水嶋君」
「あ、ああ……そうだな」
 俺とつばさの身長差がけっこうあるせいか、つばさは俺のことを見上げる形になっている。まったく、男子だと知らない奴なら絶対に女子だって間違える。
「似合ってると思うぞ」
「……良かった」
 つばさは嬉しそうに、くすっと笑った。
 後ろには白を基調とした洋風のティーカートがあり、その上にはティーセット一式が乗っていた。つばさはそれを押して部屋の中に入る。
「そのティーセットは?」
「ああ、家の者に用意させたものよ。ちゃんと届いてたみたいね。ちなみに、つばさが着ているメイド服も私が用意させたものなの」
「なるほどな」
 どれだけこの部屋をプライベートルームにしたいんだ、こいつは。
「でも、やっぱり私の見込み通りね」
「おい、もしかして……」
「違うよ。私が着てみたいって言ったから、瑠奈ちゃんは用意してくれただけで……これは本当だから気にしないで」
 つばさは本当のメイドのように優しく言うが、男子がメイド服を着る時点で気になってしまう。しかも似合っているから尚更だ。。
「だったらいいが」
 とりあえず、つばさが嫌がってないようなので良かった。
 俺が適当な椅子に座ると、瑠奈が俺の正面の椅子に座ってきた。腕と足を組み、猜疑心のようなものを滲ませた目で俺のことを見てくる。
「俺の顔なんか見てどうしたんだよ」
「……はぁ」
 意味の分からないため息をつかれる。
 何だかそれにショックというよりも、俺には苛立ちの念が芽生えてくるんだが。態度の大きいこいつにため息をつかれると。
「潤がどうして優勝できたのか不思議でしょうがないわ」
「……別に優勝したいと思ったこともなければ、自分がかっこいいと思ったこともない」
「他にももっといい男子がたくさんいるっていうのに」
「それって、お前の周りにいつもいる……いわゆる下僕の中にでもいるのか?」
 すると、瑠奈は鼻にかけて笑い始めた。
「あははっ! 何言ってるのよ、潤。下僕は下僕。言い方を変えれば豚よ、豚。雄豚ね。あんな連中の中にあたしの求める男子なんているわけがないじゃない」
 衝撃の一言だな、今のは。
 もはや下僕は人間扱いしてないってことなのか? 
もし本当にそうなら、今の言葉は酷すぎると思うが、瑠奈の言う下僕の皆さんはそんなことを言われても逆に喜びそうな気がしてある意味で怖い。
「それで、瑠奈の言う『いい男子』って言うのはどこにいるっていうんだ?」
「……特別に見せてあげてもいいわよ」
「そ、そうか」
 すると、瑠奈はバッグの中を探り始める。
 まあ、きっと携帯でその『いい男子』って奴を理事長の娘という権限で呼びつけて、俺に紹介するんだろうな。
 と、そんな庶民的な考えを自分の中で立てた俺だった。が、それはすぐにぶち壊される羽目になる。
「何だよ、それ」
「見て分からない? PNPだけど」
 瑠奈の取り出した物は携帯ゲーム機。PNPと言って、『セミファイナルファンタジック』などの人気シリーズソフトのあるハードで、中高生や大人にも人気である。俺も少し興味を持っていた時期があったのだが、楽器を買ったりしてしまってお金がなかったために結局興味もなくなってしまっていた。
 店頭で見ると少し高そうにも思えるPNPなのだが、なぜか瑠奈が持っていると少し安っぽく思えるのは何故だろうか。
 話を戻して、どうして瑠奈はPNPなんて出したんだ?
「いや、それはさすがに知ってるけど、どうしてゲーム機なんて出すんだよ」
 まさかテレビ電話……という便利な機能はついてない。
「この中にいるから」
「……は?」
 思わず力の抜けた声を出してしまう。
「何よ、もっと驚いてくれたっていいじゃない。分かったわ、今からプレイするからちょっと待ってなさい」
「プレイって何のことだよ」
「だから、ゲームをやるってことよ! そんなことも分からないの? 潤のくせに」
 何故怒られなければならないのか。そこに少し怒るべきだけれども、俺は瑠奈の行動の意図が全く分かっていないのでそれどころではなかった。
 待っている間、つばさが俺に紅茶を出してくれた。
「ありがとう」
「うん。え、ええと……ゆっくりとしていってくださいね。ご、ごしゅじんさまぁ……」
 きっと、つばさは羞恥心を殺してまでもメイドの決めゼリフを言ってくれたのだと思うが、頬は紅潮していた。若干ではあるが、熱も伝わってくるし。
 これは確実に瑠奈に言わされたと見た。
「ああ、ゆっくりと楽しむよ」
「あ、ありがとう……水嶋君」
 俺はさっそく紅茶を一口飲むことにする。
 口の中に広がる甘い香りからすると、この紅茶に使った葉はダージリンだろう。砂糖を入れずに香りだけで甘みを味わうというのもなかなかいい。
「ど、どうかな?」
「けっこう美味いと思うぞ。ダージリンは世界の三大紅茶の一つだし、この渋みも俺好みだし」
「水嶋君って紅茶に詳しいんだね」
「両親が紅茶通ってだけさ。俺の父親、今は海外に単身赴任してるし……外国のお茶は少しはたしなんでるつもりだ」
「凄いな。水嶋君って、か、かっこいいね」
 つばさに笑顔で言われちまった。
 まったく、こんなことのどこがかっこいいんだろうか。でも、紅茶の茶葉の種類を知っておくことは少しオシャレに感じられるのか。
 つばさは瑠奈の所にティーカートを持って行って、
「瑠奈ちゃん、ダージリンティーだよ。あと、砂糖はここに置いておくから」
「うん、ありがとう」
 瑠奈はPNPの画面に釘付けであるが、その態度につばさは笑顔のままだった。意外とこいつはメイドとしての素質があるのかも分からない。
 どうやら瑠奈は苦い物や渋い物が苦手らしく、砂糖を二つも(俺にとっては多すぎる)入れてPNPを持ったまま紅茶を口に運んだ。
「潤、もうすぐだから大人しく待ってなさい」
「別に逃げねえから」
「いちいちうるさいわね、別にこっちは見せなくてもいいんだけど?」
 別に俺が頼んだわけではないんですけど。
 そう言いたかったのだが、それはそれで後々面倒なことになりかねないので、俺は大人しく瑠奈が見せてくれるのを待った。
 それができるのも、つばさの淹れてくれたダージリンティーのおかげ。つばさの方に視線を向けると、つばさと目が合ってしまいなぜか恥ずかしそうに目を逸らされた。色々とつばさの行動にも疑問が生まれる。
――まるで本当に女みたいだな、と。
 そんなことを思いつつ、ダージリンティーを一口。
 俺がしばしの優雅な一時を過ごしていると、瑠奈が俺にPNPを差し出してきた。どうやら、瑠奈の言う『いい男子』というのがついにお披露目されるらしい。
 面白半分でPNPの画面を見てみると、そこには金髪の男子が桃色の髪の女子をお嬢様抱っこしている構図のイラストが表示されていた。
「……実に微笑ましい光景だな」
「えっ? 潤にも分かるの?」
「まあ、このイラストの状況が決して悪い雰囲気ではないことぐらいはな」
「なぁんだ」
「露骨にがっかりするな。まあ、女子をお嬢様抱っこする男子というのは、女子にとっては憧れの対象になるというのは分かる」
 そう、そのくらいは俺にだって分かる。
 なんせ昔、あかりが恋愛系の少女漫画を読んで俺にお嬢様抱っこをして欲しいと懇願されたからよく覚えている。
 意外と抱き上げてみると、その人の体重にもよるけど大抵の女子ならコツさえ掴めばけっこう軽々と持ち上がる。
 瑠奈も意外と普通の女子の嗜好だったんだな。
「はぁん、結弦君かっこいい……」
 どうやら、このお嬢様抱っこをしている男子の名前は結弦(ゆづる)というらしい。まあ、どうでもいいことなのだが。
 しかし、不機嫌な表情しか見せない瑠奈がここまでうっとりとした表情にさせるとは、結弦というこの男。何を持っているのだろうか。
「瑠奈。こいつのどこがいい男子なんだ?」
「……なあに? 嫉妬でもしてるの?」
「あほか」
「別に教えてあげてもいいわよ。このゲームっていわゆる『乙女ゲーム』ってヤツで、男子のよく遊ぶ『ギャルゲーム』の女子用って解釈してくれればいいわ」
「まあ、そのくらいは想像で分かる」
「それで、この抱かれている女子がこのゲームの主人公なんだけど……」
 そして、そこから延々と三十分ほど。
 俺はダージリンティーの二杯目を飲みながら、瑠奈のプレイしている乙女ゲーの話を熱弁された。
 内容をまとめると、このゲームは平凡な女子高生である奏(かなで)が、とんだきっかけで学園の一番人気の結弦と知り合い、様々なイベントを通しながら結弦との距離を縮めていく……という、漫画とか小説にありそうな筋書きだった。
 そして、俺の見せられたシーンというのは、瑠奈が分岐点で間違った選択肢を選んでしまい、何と日曜日に街で奏が不良に絡まれるというとんだ展開に陥るのだが、次の分岐点で正しいの選択肢を選んだので、結弦が奏を助けに来てこのようなシーンが表示されたのだとか。瑠奈曰く、「時には間違った方向も経験すべし」のことらしい。まあ、人生は間違った経験をしてそこから成長もするし、そういう意味では瑠奈もまともなことを言う。
 その他にも俺を布教させたいのか、乙女ゲーの魅力を語り尽くされた。
 つばさは瑠奈の後ろにただ立っていて、瑠奈の話に無言ではあるが時折頷いていた。
「こういう風にピンチの時はちゃんと助けてくれる男子がいいのよ。どう? 乙女ゲーの凄さを分かってくれた?」
「まあ、お前が凄いゲーム好きだってことだけは分かった」
「でも、潤は男子だしギャルゲーから入った方がいいかもしれないわね。必要だったら特別に私が貸してあげてもいいけど?」
「何で俺がゲームをやる前提で話が進んでるんだ。それに、瑠奈はギャルゲーってやつもやるのか?」
「当たり前じゃない」
 まさに、「当然」と言うような口調で返事をされてしまった。
「元々はギャルゲーから入ったんだけどね」
 俺は思わず「うわあっ」と声を出してしまう。まあ、人の趣味や嗜好で偏見を持つことは基本ないけど、乙女ゲーの話を延々と聞かされた後だとちょっと。
 当然、瑠奈は頬を膨らませる。
「結局何も分かってなかったってことなのね」
「いや、少しは分かった」
 別に分かりたくもなかったけど、三十分も熱弁されると嫌でも分かってしまうものだ。人間というものは恐ろしい。これが布教というやつなのか。
「いいわよ。じゃあ、特別にギャルゲーのことについても話してあげるわよ。ほ、他の人にはこんなこと話してあげてないんだからね! 潤に特別なんだからね! か、感謝しないと許さないんだから!」
「はいはい」
 瑠奈はそう言うと、乙女ゲーの時と同じくらいかそれ以上に気合いを入れてギャルゲーの何たるかを熱弁した。
 ついにダージリンティーの三杯目に突入した。深みのある渋みが俺に安心感を与えさせてくれる。
 つばさは相変わらず瑠奈の側に突っ立っており、瑠奈の話に相槌を打っている程度。二人見ていると何だか、お嬢様とメイドという一枚の絵のようだ。思った以上につばさがメイドとしてしっくりきている。女子でも似合わない人だっているはずなのに、男でこれほどに自然体に見えるのはたいしたもんだ。
「潤、私の話聞いてる?」
「あ、ああ……聞いてるよ」
「つばさのことばっかり見てたけど」
「ふえっ! み、水嶋君……!」
 つばさは声を上げて狼狽し、俺のことをちらちらと見てくる。
「まさかとは思うけど、メイド姿になったつばさに欲情してた?」
「……なわけないだろ」
 何で今、瑠奈は面白がって訊いたんだろう。普通なら同姓だから少しは気持ち悪がって訊くものだと思うけど。乙女ゲーやギャルゲーの影響なのか?
 それに対してつばさは、あまりにも恥ずかしいのか俺に背を向けて壁の方を向いてしまった。
「水嶋君が私に……は、はううっ……!」
 どうやら、つばさは何か勘違いしてしまっているようで。
「あー、つばさ。瑠奈の言ってることなんて気にしなくていいんだぞ。別につばさに変な気なんて全く起こしてねえから」
「そ、そう?」
「ああ。瑠奈の方がよっぽど危険だと思うぞ」
 俺の言葉が悪かったのか、ほっと胸を撫で下ろしたつばさはすぐに怯えた表情になり、俺の後方まで早足で動いてきた。まったく、忙しい奴だ。
「ちょっと! 私の方が危険ってどういうことよ!」
「俺がつばさに欲情してるなんて有りもしないことを言う時点で危険だろうが」
「そ、それはちょっとした出来心……ていうか、つばさを驚かせてあげようと思っただけよ!」
 ちょっとした出来心って何なんだよ。
 つうか、全くセンスのない驚かせ方だな。むしろこれは嫌がらせと言うべきだろう。言った本人はそう思ってないだろうが。
 よし、ちょっと試してみるか。
「瑠奈」
「なに?」
「……欲情ではないが、気があるのは本当だ」
「えっ! 本当にBL?」
 何で妙に興奮するんだ。
「……いや、相手はつばさじゃない。お前だよ、瑠奈」
「へっ?」
「だから、瑠奈に気があるって言ってるんだよ。いや、下手したらお前の言うとおり欲情するかもしれないな。だって、お前……凄く魅力的だし」
 と、少し格好つけて嘘を瑠奈にぶつけてみる。すると、意外と瑠奈もそういう類には弱いのか、かあっ、と顔が赤くなって、
「ば、馬鹿じゃないのっ! 何をいきなり言うかと思ったら、私に気があるってそ、そんなっ……!」
 両手を頬に当て、瑠奈は甲高い声で喚き始めた。
 うん、こういう所を学校内に公開してしまえば、今まで持っていた瑠奈の威厳のようなものが払拭されるしれないが、逆に男子からの支持がより一層増えるかもしれない。瑠奈のこういう姿もけっこう可愛いし。
「私にそういうことを言うなんて百年、いや、千年早いわよ!」
 千年後はあなたも死んでますが。
「下僕のくせにそういうことを言うなんて、た、たいした度胸じゃない……」
「いつから瑠奈の下僕になったんだ」
「で、でも……でも早いわよ! 私に欲情するなんて一万年早いわよ! 潤にとって私は手の届かない存在なの! ましてや私のことを、私の身体を弄ぶなんて……!」
 さっきよりも十倍ほど前倒し期間が増えたな。
 瑠奈にここまで過剰に反応されると、何だか罪悪感が生まれてくるな。おまけにつばさはそわそわしてるし。
 さてと、タネ明かしの時間だ。
「つばさも今の瑠奈と同じ気持ちを味わったんだ。軽々しく変なことを言うなよ」
「……じゃ、じゃあ、今のって全部ウソ?」
「嘘に決まってるだろうが。少し瑠奈を試しただけだ、すまない」
 俺がそう言うと、瑠奈は何だかほっとしたような表情で椅子の背もたれに寄りかかる。椅子のきしむ音が微かに聞こえた。
 同時につばさもほっとしているようだった。
「てっきり、水嶋君は瑠奈ちゃんのことが本当に好きなのかと思ったよ」
「いや、つばさにあんなことを言ったから、逆に瑠奈に言ってみたらどうなるのかなって試したくなってさ。本当にすまない、瑠奈……さん」
 瑠奈のことを思わず「さん」付けしてしまうのは。
 俺にめがけて送られてくる鋭い視線に、瑠奈を包み込む理事長の娘という女王様的なオーラと怒りのオーラが最悪のコラボレーションをしており、それが俺を圧倒していたからだ。
「私を試すなんて一億年は早いわよ!」
「ごめんな」
「罰として、もう少しだけ私の話に付き合ってもらうんだからね!」
 この後、俺はつばさと一緒にギャルゲーの話を実際にプレイさせられながら、一時間以上も聞かされるのであった。
 でも、その時の瑠奈の表情はとても楽しそうにしていた。
 好きなことをしている時は普通の女子と変わらないんだなと思いつつ、俺は初めてのギャルゲーに勤しんだ。


第6話に続く。
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